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インバウンドシンポジウム in 東京-訪日インバウンド新潮流-

インバウンドシンポジウム in 東京-訪日インバウンド新潮流-

インバウンドシンポジウム in 東京-訪日インバウンド新潮流-

3月8日、東京都の観世能楽堂にて、「インバウンドシンポジウム in東京 訪日インバウンド新潮流~持続可能な観光を目指して~」が開催されました。訪日インバウンドにおいて第一線で活躍する有識者による、講演や国内・海外の事例紹介、パネルディスカッションの様子をお届けします。

外国人目線で今一度、観光資源や動線を見直すタイミング

2017年に外国人旅行者が2800万人を超えるなど、着実に成長を続けている訪日インバウンド。今後さらなる市場規模の拡大が期待される一方、受け入れる側の変革も求められてきています。この盛り上がりを一過性のブームで終わらせることなく、サステイナブル(持続可能)な観光を実現するためにすべきことは何なのか。観光産業の収益、地域の人づくり、街づくりといった観点から問題を紐解き、ヒントや気づきを提供することを目的として、同シンポジウムは開催されました。

まず冒頭に主催者挨拶としてJNTOの松山良一理事長が登壇。持続可能な観光の実現に向けてJNTO が重点的に取り組むこととして、「観光の質の向上」「地方への誘客」「デジタルマーケティング」の3点を紹介。「質の良い観光でリピーターを増やすこと、観光産業に携わる地域の方々にきちんと利益をもたらすこと、そして、デジタルの力を活用してマスだけでなく個人にも地域の魅力を届けること。こうした取り組みを後押ししていきたいと思います」と述べました。

JNTO 松山良一理事長による主催者挨拶からスタート

続いて壇上に立ったのは、観光庁審議官の瓦林康人氏。政府が掲げる「2020年訪日外国人旅行者4000万人、インバウンド消費額8兆円」を実現するために「高次元の観光政策を実行することが必要」と説明。国際観光旅客税の導入による旅行環境や観光資源の整備、長期滞在と高消費が期待できる欧米豪の集客に取り組んでいくことを述べ、「個人旅行、リピーター化、コト消費の傾向が強い欧米豪の旅行者を呼び込むためには、受け入れ態勢の充実がますます重要になります。プロモーションだけでなく、訪れた方々に地域の魅力や伝わる表現、ガイドの整備、ニーズにマッチしたアクティビティや地域づくりも欠かせません。全国津々浦々で今一度、外国人目線で各種資源や動線を見直していただき、真に満足していただけるデスティネーションになることで、観光先進国の実現、持続可能な観光の実現が達成できると思っています」と話しました。

来賓として観光庁審議官の瓦林康人氏が登壇

 

地域資源の付加価値を高め消費単価を上げる

基調講演のテーマは「観光業の生産性をどのようにしてあげるべきか」。登壇したのはJNTO特別顧問のデービッド・アトキンソン氏です。「生産性向上とは、付加価値を高めること」という前提のもと、外国人旅行者のニーズを捉えながら単価を引き上げるデスティネーションの作り方や情報発信の質の向上について講演しました。

同氏は、2060年までには日本の生産年齢人口が3265万人減少するという調査データを示しながら、「このままだと消費者の人数はどんどん減っていき、一方で年金や医療費の負担は増加する可能性もあります。こうした消費や社会保障の一部を外国人に支えてもらうという意味でも観光政策は重要ですし、生産性の向上も欠かせません」と話しました。また、「自然観光は長期滞在になるので、単価の引き上げが期待できます。そして、日本ほど自然に多様性がある国は滅多になく、訪日外国人旅行者もそこを楽しみにしています」と、日本の自然に大きなポテンシャルが秘められていることを指摘。「自然そのものは無料なので、そこにどんな付加価値を付けるかが重要。ガイドをつけたり、バードウォッチングなどのコースを作ったり、釣った魚を調理できる場を用意したり、無料の資源をお金に変えることがアクティビティなのです」と述べました。

一方で、「情報発信の質を上げることも重要な施策の一つ」と語るアトキンソン氏。具体的な方法として、日本語原稿を用いずに対象市場のネイティブである外国人ライターに必要な情報を渡し、一から書き起こしてもらうこと、さらには書き起こされた原稿が情報として正しく伝わるのかを精査するための「So What? テスト」の導入を提言しました。

「外国人から見た自分たちの資源の魅力は何なのか、もう一度見直してみましょう。外国人はそこに行けば何ができて、どのように楽しめるのかを知りたがっています。例えば、日本は世界有数の海岸線保有国であるにもかかわらず、多くの欧米人は日本にもビーチリゾートやくつろげる海辺があることを知りません。一方で、ビーチリゾートでのバカンスは人気が高いわけですから、沖縄をプロモーションする際、外国人にとっては、首里城の成り立ちや琉球王国の歴史よりも、ビーチと海を満喫できるという情報のほうが響くかもしれません。つまり、私たちが伝えたい情報を提供するのではなく、外国人が本当に知りたがっている情報を提供することが重要です。なるべく情報は絞って効果的に発信することを心がけてください」と締めくくりました。

JNTO特別顧問のデービッド・アトキンソン氏による基調講演

 

インバウンド市場の拡大と同時に、受け入れ態勢の整備も重要

・金融機関から地域の有志まで、地域経済を担うプレイヤーを巻き込んだ態勢づくりを(岡嘉紀氏)

最初に登壇したのは、長野県山ノ内町の街づくりに取り組むWAKUWAKUやまのうち 代表取締役社長の岡嘉紀氏です。山ノ内町は、湯田中渋温泉郷、志賀高原、北志賀高原からなる県内有数の観光地でしたが、近年は宿泊客の減少や若手の人口減少といった課題を抱えていました。一方、温泉に入るニホンザルが見られる地獄谷野猿公苑の「スノーモンキー」が海外で話題となり、2011年頃から外国人旅行者数は急速に伸長。このスノーモンキーへの注目をきっかけに、周辺の豊富な観光資源を生かしながら、地域の活性化を推進するため、2014年に設立されたのが株式会社WAKUWAKUやまのうちです。

地域の有志や八十二銀行と密に連携を取りながら、有休物件のリノベーションといった街づくり、地域の若手や新規事業者、既存事業者の支援といった人づくり、観光客や地域の方々に魅力を伝える情報発信をトータルで企画・実行。周遊マップの制作やWEBサイトの多言語対応、個人の外国人旅行者向けツアーの企画によるインバウンド宿泊客の周遊促進など、精力的に取り組んだ結果、外国人延べ宿泊者数は増加し、宿泊施設と飲食店の連動性や収益も上昇基調にあるといいます。岡氏は、「徐々に長期滞在が増えてきて、初めて訪れて延泊していくお客様もいます。しかし、まだまだ冬季の需要に支えられている状況。周辺の市町村と連携した広域ルートの開拓や、個人向けツアーの通年化など、新しいことに挑戦しながらデスティネーションを強化していきたいです」と今後の目標を語りました。

WAKUWAKUやまのうち 代表取締役社長の岡嘉紀氏が国内事例を発表

 

・キャパシティマネージメントも戦略的なデスティネーションづくりの一環(石黒侑介氏)

もう一つの事例は、スペインのバルセロナ市。北海道大学 観光学高等研究センター准教授の石黒侑介氏が登壇しました。バルセロナ市は1992年のオリンピックを境に、レジャー観光都市へと変貌。1990年の宿泊者数は人口の2.2倍だったのに対し、2016年には人口比11.9倍にまで増加しました。その結果、世界遺産を含めた観光スポットの多い市中心部にホテルや民泊施設が集中し、地価や家賃相場が上昇。地域住民向けの住まいや商業施設が減り、騒音やゴミ問題に悩まされる事態を引き起こしたのです。2006年頃から地域住民による反観光客運動が表面化し、近年もバルセロナ市長が反観光を推進するという報道が話題となりました。

しかし、石黒氏は「市の戦略が誤解されて広まっている」と指摘。同市は2020年までの長期戦略として、宿泊施設のエリア別ゾーニング戦略やジェントリフィケーション対策、宿泊税の導入などを整備。街の宿泊キャパシティをマネジメントしたり、レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)の認証を取得したり、世界遺産の施設への入場チケットを混雑度に合わせてコントロールするなど、戦略的にデスティネーションづくりを推し進めているそうです。

「観光産業をどうやってサステイナブルにしていくのかが、今のバルセロナ市にとっての大きなテーマ。このように、マーケットの成長も非常に重要ですが、同時にそれを受け入れるキャパシティの整備も欠かせません。これから観光産業が拡大していく中で、バルセロナ市などの先行事例を学びながら、皆さんと一緒に持続可能性について考えていけたら幸いです」と石黒氏は述べました。

北海道大学 観光学高等研究センター准教授の石黒侑介氏がバルセロナの事例を紹介

 

次に、JNTOインバウンド戦略部 調査・コンサルティンググループの清水雄一より、JNTOが取り組むビックデータを活用したデジタルマーケティングや調査事例の紹介と、JNTOが自治体や企業向けに提供するサポートプログラムについて説明があり、いよいよ最後のプログラムであるパネルディスカッションが始まりました。

 

持続可能な観光を探るパネルディスカッション

登壇したのは、JTB総合研究所の熊田順一氏、インバウンドコンサルタントのポール・ハガート氏、雑誌『ソトコト』副編集長の小西威史氏の3名。ファシリテーターはJNTO小堀守理事が務めました。

今回のテーマは「観光業を持続可能な産業にするためには」。インバウンドの潮目が変わってきている今、サステイナブル(持続可能)な観光の実現に向けて私たちにできることは何でしょうか。パネラーの3名にそれぞれの知見や取り組みを交えて解説してもらうと同時に、参加者からリアルタイムで寄せられる質問にも答えて議論を深めていきます。

有識者の方々を迎えてのパネルディスカッション

 

・これからの観光には「Respect」が求められる(熊田順一氏)

国連が掲げる「SDGs(持続可能な開発目標)」では、2030年までに達成すべき17の目標が設定されています。その中で観光産業は「働きがいも経済成長も」「つくる責任。つかう責任」「海の豊かさを守ろう」といった目標の実現に貢献できると述べる熊田氏。大きな柱として、「包括的・持続的な経済発展」「社会的な関わり。雇用拡大や貧困撲滅」「資源の有効活用。環境保護や気候変動」「文化的価値・多様性・遺産」「相互理解・平和・安全」の5つに取り組む必要があります。

「特に世界で注目を集めているテーマが、女性活用や移民問題。そして、相互理解。UNWTO(国連世界観光機関)でも、“Travel. Enjoy. Respect.”――つまり旅をして、楽しんで、感謝するというメッセージが掲げられました。このRespectをどのように実現するのか。観光産業の従事者はもちろん、旅行者も一緒に考えていく段階に入っています」と熊田氏は話しました。

・「ここでしか味わえない付加価値」を創出しよう(ポール・ハガート氏)

経済面における持続可能性を解説してくれたのは、ニュージーランドや北海道ニセコ町でツーリズムの仕事に従事してきたハガート氏。ニュージーランドが国としてツーリズムに投資し、付加価値の向上に取り組んでいる例を挙げながら、「日本の課題は、富裕層を取り込む仕掛けが足りていないことです」と指摘します。

その中で、ニセコ町の富裕層向けインバウンド施策の事例を紹介。外国人の投資家が主体となってラグジュアリーなホテルや、1泊100万円のコンドミニアムを設立。スキーやラフティングなどアクティビティの質の高さもあいまって口コミが広まり、いまや世界でも有数の富裕層向け観光スポットとなっています。

「世界中でレジャー・旅行関連の支出が伸びていて、高級宿泊施設への関心もかなり高まっています。“ここでしか味わえない”という付加価値は何かを、ぜひ考えて見てください」とアドバイスしました。

・「関係人口」の創出が、その地域の付加価値を高める(小西威史氏)

では、その「付加価値」を作る人はどのように確保できるのでしょうか。雑誌『ソトコト』の制作を通して地域の「人づくり」に触れてきた小西氏は、「関係人口を増やすことが重要」と述べます。関係人口とは、「観光以上・移住未満の第三の人口」のこと。その地域が好きで、地域を訪問できないときにも特産品を買ってくれたりするファン、その地域を何度も訪れるリピーター、自ら宣伝してくれる応援団、他の地域と、その地域のつなぎ手のことを指します。

「関係人口を増やすには、旅行者と地域住民の交流が欠かせません。そのためには、両者をつなぐための場づくりや、地域住民が自然に旅行者と関われる仕組みづくりも必要になるでしょう」と小西氏は語りました。

 

参加者からの質問で、さらに議論は深まる!

最後に、参加者からのアンケートに各登壇者が答える、質疑応答の時間が設けられました。

――ニセコが高級リゾートに変わった理由は? どうして1泊100万円も取れるのか?

・ターゲットのニーズを満たすことが重要です(ポール・ハガート氏)

「外国には、日本でスキーができることすら知らない人がたくさんいますので、プロモーションを続けることはとても大事です。ニセコの場合は、ニセコの自然に魅せられた外国人の投資家が宿泊施設を作り、自分たちの投資を守るために発信力の高いメディアを呼び、十分に魅力を発信してもらったことで、外国人に(スノーリゾートとしての認識が)広まっていきました。加えて、例えば高級な宿泊施設に、それに見合うソフトコンテンツが整っているということも重要です。送迎や掃除、食事を提供してくれるというだけでなく、夜のルームサービスにもきちんと応じてくれる、コンシェルジュも素晴らしい対応ができるなど、受け入れにかかるソフトの充実もリゾートの重要な要素です。」

――デジタルツーリズムの好事例や、観光客の増加を管理しながらマーケティングにも成功している事例はありますか?

・デジタルで成功した地域に観光客が集中することへの懸念もあります(熊田順一氏)

「デジタルツーリズムの事例はまだそこまで研究が深まっていません。ただ、現状の懸念点として、価値の均一化が挙げられます。選択と集中が起きていて、デジタルでうまくいったところに観光客がどんどん集中している気がします。観光客数のコントロールについては、これからやるべきことが見えてくるので、国際機関の発表に引き続き注目し、情報共有をしていきたいと思います」

――関係人口を増やす方法は?

・場所づくりと住民の方々の協力が欠かせません(小西威史氏)

「大切なのは場所づくり。人と人が出会うことから関係は生まれます。古民家や空き商店街など、有効活用できる建物はきっとたくさんありますよ。あとは、いかに地元の人たちをうまく巻き込めるか。そこは地道に声をかけたり、行きやすい雰囲気を作ったりすることが大事ですね」

スマートフォンや携帯電話を使ってリアルタイムで参加者から質問が寄せられた

最後に、パネラーの3名が締めくくりの挨拶を述べました。

「外国人旅行者が急激に増加している中で、地域によっては受けきれなくてあたふたしている現状もあります。無理をして全部を受け入れても、長くは続きません。僕たちにできることとできないことを整理して、しっかり説明すれば、相手もわかってくれます。自信を持ってできること・できないことを発信していくと良いのではないでしょうか」(小西威史氏)

「これからインバウンド観光の質が上がると、国内旅行のコンテンツも良くなると思います。今、日本の観光を磨けば、明日の観光につながる。外国人から見て、日本はおもしろい国です。皆さんの生活を知って、味わいたいと思っている人がたくさんいます。一緒に外国人旅行者向けのコンテンツを考えながら、国内向けのネタも作っていきましょう」(ポール・ハガート氏)

「いまは日本人が主体となって、どんな社会を実現したいのかを考えるタイミングだと思います。観光業界に携わっている人間でどういう社会を作り、子どもたちに何を残したいのかを、一緒に議論できるとうれしいです。もうひとつ、ぜひ皆さんも海外旅行に行って、海外の人たちがどんな旅行を楽しんでいるのかを肌で感じてみてください。そこに、持続可能な観光産業の実現に向けたヒントがたくさんあるかもしれません」(熊田順一氏)

 

シンポジウムの開催概要はこちら