ユニバーサルツーリズムがもたらすインバウンドの拡大と地域への貢献(後編)

2022年01月24日 (月)

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東京2020大会でテーマとして掲げられた「ダイバーシティ&インクルージョン(社会や組織において、多様な人たちの能力・個性が活かされている状態)」の理念は、今後の日本のインバウンド誘致においても不可欠な要素と言えるでしょう。年齢や障がいなどに関係なく、誰もが安心して旅行を楽しむことを目指す「ユニバーサルツーリズム」への取り組みは、少しずつ広がりを見せています。そこで前編に引き続き、「ユニバーサルツーリズムアドバイザー」として、全国の自治体、観光事業者、学校などで推進活動を行う渕山知弘氏に、ユニバーサルツーリズムについて伺いました。

目次

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ユニバーサルツーリズムがもたらすインバウンドの拡大と地域への貢献(前編)

東京2020大会でテーマとして掲げられた「ダイバーシティ&インクルージョン(社会や組織において、多様な人たちの能力・個性が活かされている状態)」の理念は、今後の日本のインバウンド誘致においても不可欠な要素と言えるでしょう。年齢や障がいなどに関係なく、誰もが安心して旅行を楽しむことを目指す「ユニバーサルツーリズム」への取り組みは、少しずつ広がりを見せています。そこで、「ユニバーサルツーリズムアドバイザー」として、全国の自治体、観光事業者、学校などで推進活動を行う渕山知弘氏に、ユニバーサルツーリズムについて伺いました。

 

大英博物館で出会った「タッチツアー」

―2012年、「ロンドンパラリンピックを視覚障がい者が観戦するツアー」について、苦労した点、収穫だった点などを教えてください。

「当時、私が勤めていた旅行会社がツアーを主催しました。全盲と弱視、同伴者の計20名が参加され、開会式と競技を楽しまれました。開会式の入場行進で日本選手団が登場すると、「JAPAN!」のアナウンスに合わせて、日の丸の鉢巻きをした参加者たちが客席から立ち上がって声援を送る姿が印象的でした。

パラリンピックがイギリスで浸透されていることを強く感じる出来事がありました。当時、日本ではパラリンピック競技への関心が低く、テレビではハイライト番組が放送されているだけでした。しかしロンドンでは、多くの競技が生中継されていました。そして、私たちが昼食のために入店したパブでは、地元のおじさんたちが、日頃サッカーを楽しむのと同じように、ビールを飲みながらパラ競技をテレビ観戦していたのです。街中では、若者たちが地面に座り込んでパブリックビューイングを楽しんでいる。その光景を見て、『これが成熟した社会なんだな』と実感したのを覚えています。

パラリンピック以外の観光については、現地のランドオペレーターを通じて、『視覚障がい者が視覚以外で楽しめるプログラム』があるかどうかなどの情報収集を行いました。中でも印象的だったのが大英博物館です。大英博物館では、視覚障がい者を対象に、展示資料に触れて確かめることができる『タッチツアー』が用意されていました。

ユニバーサルツーリズム2_画像1_大英博物館タッチツアー

大英博物館でタッチツアーを楽しむ参加者

このタッチツアーの様子を撮影した写真は9年経った今でも、私が日本各地での研修や講演、セミナーをする際に紹介しています。近年では日本でも同様の取り組みが少しずつ増えてきていますが、こうしたユニバーサル・ミュージアムなど、障がいをもった方でも楽しめる施設が増えれば、ユニバーサルツーリズムの可能性はもっと広がると感じています」

ユニバーサルツーリズム2_画像2_タッチツアーの表示

大英博物館にある、「タッチツアー参加の視覚障がいをもつ方のみ
触ることが許されています」と書かれた表示

 

2025大阪・関西万博は機運醸成のチャンス

―ユニバーサルツーリズムに対応するにあたって、課題に感じていること、その解決策について教えてください。

「近年、各自治体でのユニバーサルツーリズムへの取り組みは増えてきていますが、同じ自治体の中でも、ユニバーサルツーリズムというと『それは福祉課の仕事ですよね』という人もいて、残念ながら『観光産業としてのムーブメントになっていない』と感じています。超高齢社会に対応する観光のスタイルとして、ユニバーサルツーリズムは特別なことではなく『当たり前』『前提』と捉える必要があるのではないでしょうか。

東京2020大会はコロナの影響で無観客開催となりましたが、もしも、世界中からパラアスリートだけではなく、観客(観光客)として高齢者や障がい者が数多く訪れていたとしたら、多くの収穫と、多くの課題が顕在化して、ユニバーサルツーリズムのムーブメントがもっと加速していたと思います。そう考えると非常に残念ですね。

とはいえ、2013年に東京でのオリンピック、パラリンピック開催が決定したのを契機に、パラ競技会場自治体、共生社会ホストタウン自治体、そして東京都の、ユニバーサルツーリズム(バリアフリー対応の受け入れ)に対する意識は大きく変わりました。パラリンピアンを招いての『心のバリアフリー』セミナーを開催したり、市民による『バリアフリーマップづくり』などの取り組みが全国で広まったのです。

次のチャンスは、2025年に開催される『大阪・関西万博』です。2025年には、団塊の世代が全員75歳(旅行をあきらめる方が増える)を迎える年で、この万博は高齢化率30.3%(2020年は29.1%)の『超高齢社会型万博』となります。その一方で、万博の開催期間は半年間と長いため、約2,800万人の人が訪れると見込まれています。国外からも多様な人たちが来日し、大阪を中心に日本全国を訪れることになるでしょう。その点を意識すれば、オリパラの開催が決定した後のように、本腰を入れてユニバーサルツーリズムに取り組む地域、観光関係者は間違いなく増えるものと期待しています」

―ユニバーサルツーリズムを企画・実施するうえで、「コロナ以前」「コロナ以後」でなにか変化は起こりましたか?

「高齢者や障がい者は、一般の方以上に感染症による影響を懸念される方が多いため、日常的な外出機会も奪われてしまった方が多かったのではないでしょうか。ただ、そんな中で、新たな取り組みで成功している例もあります。たとえば、高齢者施設向け介護旅行を専門に扱っている東京トラベルパートナーズという会社では、コロナ禍にあって、旅行に行きたくても行けない方のために、『施設内で旅行気分を満喫できるオンラインツアー』を開催して、顧客接点を維持することに成功しています。施設・個人あわせて1400件の会員登録があり、伊勢神宮オンラインツアーでは約7,000名の視聴があったそうです。この企画を通じて、コロナ以後のリアル旅行の見込み客を確保できていると聞いています。

オンラインツアーという新たな旅の選択肢ができた一方で、リアルな旅行の効用は間違いなくあると思います。私の顧客の中にも、半年後に予約した旅行を元気で楽しめるようにリハビリを頑張ったり、散歩の回数を増やしているという方も数多くいらっしゃいました。

高知県では、『高知バリアフリーオンラインツアー』を6回にわたって開催しました。この事業は、観光庁の『来訪意欲を増進するためのオンライン技術活用事業』として行われたもので、車いすユーチューバーの方に協力いただき、障がいをもった方がアクティビティを楽しむ様子を、県内の特別支援学校の子どもたちにオンライン体験してもらうものです。この体験を通じて、子どもたちの『行きたい』を『行ける』に、『やりたい』を『できる』につなげたいと考えています。今後は、このようにオンラインとリアルそれぞれの特徴を活かして、ユニバーサルツーリズムのさらなる普及につなげていきたいですね」

ユニバーサルツーリズム2_画像3_車いすユーチューバー

車椅子の参加者が釣りを楽しむ様子をオンライン配信

 

ユニバーサルツーリズムに向けた環境整備はインバウンド誘客にも効果を発揮

―地域にとって、ユニバーサルツーリズムに対応することには、どんなメリットや意義があるとお考えでしょうか?

「まず、ユニバーサルツーリズムには大きな潜在的マーケットがあるということです。日本では、高齢者と障がい者を合わせると人口の約3割を占めています。国土交通省の調査では、『70代になって旅をあきらめざるを得ない人が、60代と同じ旅行回数を維持できれば、その旅行消費拡大効果は約5,000億円にのぼる』と発表しています。さらに、健康に不安のあるシニア層が旅行する際は、ほとんどの場合、家族が同行するので、これを加味すると1兆円を超える消費拡大効果があるのです。

また、地域の人たちの『暮らしやすさ』にも貢献します。高齢者・障がい者が安心して旅行を楽しめる地域づくりは、当然、地域の高齢者・障がい者にとっても暮らしやすい地域になるのです。

さらに、ユニバーサルツーリズムの積極的な受け入れのために、プログラム、ハード、人の整備が整えば、それを多言語対応するだけでインバウンドに対応が可能です。たとえば、温泉施設をバリアフリー化し、入浴介助のサービスを磨き上げれば、あとは通訳を手配するだけでインバウンド向けのサービスとなるのです。

日本の温泉に行ってみたいけれど、高齢や障がいのためにあきらめている外国人は少なくないはずです。UNWTO(世界観光機関)でも世界人口の約15パーセント、10億人を占める障がい者を対象とした旅行の推進は、受け入れ地域のビジネスになると提唱しているのです」

―最後に、ユニバーサルツーリズムに対応したいと考えている自治体、DMOの方々に向けてメッセージをお願いします。

「11月に石川県小松市で開催された『日本遺産サミット』の会場で、参加された自治体などの方々にユニバーサルツーリズムの提案をしてきたのですが、多くの自治体は「初めて耳にする」「今まで考えたことがなかった」という反応でした。日本遺産というテーマなので、バリアフリー対応が難しい歴史的建造物や歴史的町並み、自然が素材だからかもしれません。『うちの地域はバリアフリーじゃないから、高齢者、障がい者の受け入れは難しい』とあきらめている自治体には『ユニバーサルツーリズムの導入によって、他地域との差別化が図れますよ』と声がけをしました。もちろん、最初からすべての来訪者への対応ができるように準備することは難しいかもしれません。でも、今すぐに着手できることはあるはずです。

たとえば、階段や坂が多い地域では、車椅子の方の受け入れはハードルが高いかもしれませんが、大英博物館のような、視覚障がい者向けのタッチツアーはつくることができるでしょう。視覚障がい者にとって、日本の文化・伝統・歴史的建造物などを直接体感できることは特別な体験となるはずです。

このように、まずできることにトライして小さな成功体験を得ることで、『車椅子の方向けにはこんな工夫ができるんじゃないか?』『聴覚障がい者向けにはこんな楽しみ方をしてもらったらどうだろう?』という意識が醸成されていく。その結果として、国内外からの来訪者、そして近隣の人たちからも『選ばれる観光地』になっていくのです。できない理由を探すのではなく『どうやったらできるか?』『何だったらできるか?』と、できることを探す発想が重要だと思います。

これまで旅を楽しめなかった人が、旅を体験できるようになる。このことは、旅をあきらめていた人たちにとっては何物にも代えがたい貴重な経験です。ユニバーサルツーリズムは、計り知れないポテンシャルを秘めているのです。一人でも多くの人に旅の機会を提供できるよう、一緒に頑張りましょう」

 


office FUCHI 代表 渕山知弘

1990年から大手旅行会社で30年勤務、うち22年間、バリアフリー旅行、ユニバーサルツーリズムに携わる。2020年からはその経験を活かし、全国の自治体、企業、大学等でバリアフリー観光の推進、ユニバーサルツーリズムの推進をアドバイスしている。講演、セミナー、フィールドワーク等を通じたプログラムで、「旅をあきらめない・夢をあきらめない」をモットーに、誰もが楽しめる観光地づくりに向けて活動中。


 

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