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ハラールやヴィーガンなど。食の多様性をインバウンドの強みに(後編)

ハラールやヴィーガンなど。食の多様性をインバウンドの強みに(後編)

ハラールやヴィーガンなど。食の多様性をインバウンドの強みに(後編)

在住外国人の増加とともに訪日外国人の増加によって対応を迫られることが増えた「フードダイバーシティ(食の多様性)」。宗教上の理由から口にできる料理に制限がある人々の他、ヴィーガンやアレルギーなどを理由に、食べない、食べられないものがある人の数は相当数に上ります。フードダイバーシティへの対応を複雑で難しいと考える飲食店や観光関係者が多い中、「フードダイバーシティへの対応は決して難しくない。新しいお客様や優秀な人材を得るための重要なキーになる」と考えるフードダイバーシティ株式会社代表取締役の守護彰浩氏に、前編に引き続きお話を伺いました。

前編は下記の記事でご覧いただけます。

「ムスリムフレンドリー」なお店を目指そう

—食の多様性に対応した具体的な事例を教えてください。

「ハラール対応をした名古屋の飲食店の例を挙げましょう。百余年の歴史を持つ大久手山本屋さんは、味噌煮込みうどんの老舗です。中部国際空港セントレアにインドネシアのナショナルキャリアであるガルーダ・インドネシア航空が就航することになり、名古屋を中心にインドネシアからのお客様が増加しました。インドネシアは国民の約8割がムスリム。これを受けて大久手山本屋さんでは、ムスリムが食べられる味噌煮込みうどんの開発に着手しました。

まず考えたのは、大久手山本屋さんが大久手山本屋として在るために、“変えられない守るべきこと”と“変えても大丈夫”な項目を整理しました。

<守るべきこと>
①小麦粉のみで作った手打ちうどん
②汁に八丁味噌を使うこと

<変更できること>
①かつおの出汁
②アルコールが原材料に入っているみりんと醤油
③かまぼこ
④鶏肉

幸い、うどんの原料は小麦・水のみで、八丁味噌の原料も大豆・塩のみで作られるので、ハラール食材です。大久手山本屋の味噌煮込みうどんを作るための根幹となる原材料のすべてはムスリムが口にできる食材でできているということが確認できたので、提供への大きな前進となりました」

—譲れること、譲れないことをきちんと整理するのはとても重要だということがわかりました。あとは、「変更できること」を適宜変えていけばいいわけですね。

「ムスリムは魚介を食べることができるので、『変更して良い』と判断したかつおの出汁は、そのままでも使えることになります。そこで、みりんをデーツシロップに、醤油をアルコール無添加なものに変更しました。具材としてうどんにのせていたかまぼこは原材料に酒を使用していたので使わないことに決め、鶏肉はハラールチキンに変更。こうしてハラール対応メニューができあがりました。

さらに大久手山本屋さんではベジタリアンとヴィーガンに対応したメニューも作りました。この場合はかつおの出汁が使えないので、キノコを使った出汁に変更しましたが、なかなかコレという味が出せず非常に苦労したと聞いています。ただこのメニューをハラールやベジタリアン用の特別メニューとするのではなく、『きのこ香る味噌煮込みうどん』という名前をつけ誰でもオーダーできるグランドメニューとしたことで、外国人だけでなく日本人の集客にもつながったようです」

フードダイバーシティ株式会社資料より(大久手山本屋さんの場合)

フードダイバーシティ株式会社資料より(大久手山本屋さんの場合)

—厳格なハラール認証店を目指すのではなく、「ムスリムフレンドリー」店を目指すわけですね。

「ハラール認証を店が取得しなければ、ムスリムに対応していることにならないというわけでは決してないのです。私たちが提供している『ハラールグルメジャパン』というアプリがあるのですが、来日したムスリムの方々がアプリ上でどんな店を検索しているのかを調べると、ハラール認証店そのものではなく、ハラール認証された食材を使っている店かどうかを知りたいのだということがわかりました。『とはいえ、ハラール認証の食材を調達するのだって大変だろう』と思う人もいるかもしれませんが、特別なルートを確保しなくても、普通の問屋や業務スーパーで買えるものも実はたくさんあります。調味料にしても同じ。原材料に動物性のものやアルコールを使っていないものも今やたくさん作られています」

 

ヴィーガンは「ジョーカー」!?

—ホテルではどのような対応が求められるでしょうか?

「ホテルにしても基本は飲食店と同様で、ムスリムフレンドリーであることを目指せばいいと思います。1日5回行わなければならない礼拝のために、わざわざ礼拝室をつくる必要はありません。お祈りは基本的に部屋で行うことができますし、礼拝の前に行う体の浄めもシャワー室で可能です。礼拝の際に使うマットも各人が折り畳み式のものを携行してきている場合が多いので準備しなくても大丈夫です。また化粧品などのアメニティもアルコールが含まれる物が多くありますが、これもやはり各人で持ってきているので、ムスリム対応のアルコールフリーのものを準備しなくても、そこまで求める人は少ないと思います。

ただよく耳にするのが『ホテルのブッフェが食べられない』ということです。日本のホテルのブッフェでは時にアレルギー表示は見受けられますが、全方位的な対応まではできていないところがまだ多い。そこで相談を受けた場合、私たちはシンガポールで開催されるMICEでの対応をよく参考にしています。シンガポールの人たちは、基本的にヴィーガン対応ができていれば世界中のさまざまな食の禁忌に対応できることを深く理解しているからです。並べる料理のベースはヴィーガン対応にして、肉や魚といった動物性のものは離れた別コーナーに設けます。日本は作りたい・食べて欲しい料理を並べる傾向がありますが、ベースをヴィーガン対応できっちり作ることはとても重要なことです」

—対応の仕方が、難しくなさそうな点も良いですね。

「MICEの受け入れに積極的な東京の某有名宴会場も、現在同じようなオペレーションをしています。以前はムスリムやヴィーガンなどそれぞれに対応した食事を準備していたのですが、それではオペレーション的にも食材のコスト的にも非常にハードだったため、食事のベースをヴィーガンで組むようにしたそうです。地方の自治体でこのように対応できるところがあれば、MICEを総獲りできる可能性も出てくるはずです。ヴィーガンをベースに食事の組み立てをすることは決して難しいことではありません。“誰でも誰にでも切れるカード”という意味で、私は“ヴィーガンはジョーカーだ”と話しています。

予想できると思いますが、ヴィーガンに対応する料理は肉や魚を使う料理に比べて原価を抑えることができます。たとえば、握り寿司の代わりの野菜寿司がありますが、普通の寿司が食べられる日本人から見ると、驚くような高い値段だったりします。しかし外国人のヴィーガンにとってみれば、日本のトラディショナルな食をヴィーガンでありながら楽しむことができたということに価値があり、準備してくれた店のホスピタリティを感じて高い値段でも正当な対価だと感じて満足して支払ってくれるのです。本来なら肉や魚を使うところを野菜に変えたので値段を安くすると、逆にヴィーガンから『お金が出せないからヴィーガンをしているわけではない』と怒られたりします。原価率が低いからといって、他の料理と同じ水準にする必要はないのです」

 

変化を捉えて、「あたり前」を更新していこう

—これまであたり前だと思っていたことが、世界を前にしたらあたり前ではなくなることを理解して、変化に対応する。それができれば地域にとってはインバウンドの促進につながり、企業にとってはビッグビジネスにつながる可能性があるということでしょうか?

「まさにその通りだと思います。コロナ前はインバウンドの増加で客層が明らかに変化したことを感じた人は多かったと思います。コロナ禍の今は、若い人たちのヴィーガンレストランの利用が増えたと言われています。その理由はさまざまあると思いますが、地球環境や自分の健康に対する意識の変化があったのではと推測されます。こうした変化はアフターコロナの時代も続くでしょう。時代の変化を捉え、それに対応できるように準備をした人、していなかった人で未来に大きな差が出るのではないかと思います。新規の顧客をとれなくなったら店の成長もそこまでですし、地域にとっても、リピートして訪れてくれるようなファンを持つことは重要です。

先に話した企業のグローバル化で、会社に外国人がいることも珍しくなくなりました。たとえば部署で歓送迎会を開く時にムスリムの方がひとりいたら、一緒に楽しめる飲食店を探すという話を聞きます。『数少ないムスリムやヴィーガンのために対応をするのは無駄』と思う方もいるようですが、その後ろには大勢のお客様がひもづいていることが多い。しかも周囲にほかにフードダイバーシティに対応している店がなければ、確実にリピートしてくれる常連になってくれます。フードダイバーシティに対応していなかったために団体客を取りこぼした経験のある予約対応者や経営者は、特に、私が講演すると真剣に話を聞いてくださる傾向があるように思います」

—自治体からは、どのような相談を受けますか?

「自治体の方からは、『まちの特産品やご当地料理をハラールやヴィーガン対応にしたい』と相談されることも増えました。対応するための方策はいろいろありますが、その際に私が大事だと考えるのは、料理担当者と目的意識を共有することです。料理担当者はハラールやヴィーガン・ベジタリアンなどへの対応は手間がかかると考えやすい。もし私がセミナーなどで直接お話できれば手間なくできることも伝えられるのですが、肝心のセミナーに料理担当者が出てくることはほぼありません。自治体のインバウンド担当者や経営者がセミナーで知識を得ても、実際に現場で担当する料理担当者が意識を変えないことにはうまくいくものもうまくいきません。料理担当者や食材を購入する購買担当者といった実際に対応する現場の人間をどこまで巻き込むことができるかに、成功の鍵が潜んでいるのではと思っています。

伝統を守ること=変わらないことではないと思います。『あたり前』はいつもあたり前なのではありません。あたり前を日々更新していく。アンテナをしっかりはって、新しいことにチャレンジすることで、守られる伝統がたくさんあることを知って欲しいと思います」


フードダイバーシティ株式会社代表取締役 守護 彰浩
1983年石川県生まれ。千葉大学卒業後、世界一周旅行を決行。2007年楽天株式会社に入社。2014年フードダイバーシティ株式会社を共同創業。日本国内のハラール情報を世界中のムスリムに届けるポータルサイト「HALAL MEDIA JAPAN」を立ち上げる。2016年から4年連続して、ハラールにおける国内最大級のトレードショー「HALAL EXPO JAPAN」を主催。その他ベジタリアン・ヴィーガン・コーシャ・グルテンフリーなど世界中の多様な食文化を持つ人々に情報を届けるための活動やさまざまな食の禁忌に対応するための講演会なども多数行う。2017年から現在まで流通経済大学の非常勤講師も務める。2020年11月に総理大臣へ直接観光政策を提言した。


前編は下記の記事でご覧いただけます。