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サステイナビリティと地域が目指す町づくりを繋ぐ―日本版 持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)とは(前編)―

サステイナビリティと地域が目指す町づくりを繋ぐ―日本版 持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)とは(前編)―

サステイナビリティと地域が目指す町づくりを繋ぐ―日本版 持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)とは(前編)―

日本版 持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)をご存知ですか。持続可能な観光の推進に資するべく、各地方自治体やDMOの皆様が多面的な現状把握の結果に基づき、持続可能な観光地マネジメントを行うための観光指標として、観光庁が2020年に策定したものです。こちらの記事では、JSTS-Dの策定や普及に取り組む観光庁外客受入担当参事官室の大野一様へのインタビュー(前編)を掲載します。観光を通じたサステイナブルな地域づくりにご関心のある方はぜひご参考ください。 ※所属・役職は取材当時の情報です。

自己分析、コミュニケーション、プロモーションに活用できるJSTS-D

──日本版 持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)策定に至った経緯を教えてください

「観光庁はこれまで訪日外国人客数6000万人に向かって取り組んできましたが、2018年の春夏あたりからオーバーツーリズムの問題が顕在化するようになり、持続可能な開発目標(SDGs)が2015年に国連サミットで採択されたことも重なって、インバウンドを拡大していくことに加え、サステイナビリティに目を向ける必要性が大きくなってきました。そこで、2018年に『持続可能な観光推進本部』を観光庁内に設置し、大きくふたつの取組を行っていく方針としました。

ひとつは現在の課題の解決です。混雑や騒音、ごみ問題などの現在発生している個別の課題にひとつひとつ対処し、もぐら叩き的に解決していくこと。しかし、それだけでは根本的な解決にはならないので、ふたつめとして、中長期的な観光地マネジメントをしていくことが大事だろうということになりました。

ただ、各自治体やDMOの観光計画には、持続可能な観光、サステイナビリティという観点はまだまだ見られず、どうしていいかわからないという地域が多かったのです。そこで、持続可能な観光地になるためにはいったいどういったことをマネジメントしていく必要があるのか、ということを世界基準で示そうと生まれたのが、2020年の『日本版 持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D) 』です」

日本版 持続可能な観光ガイドライン( JSTS-D) は下記のリンクよりご覧いただけます。
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001350849.pdf

日本版 持続可能な観光ガイドライン( JSTS-D)

日本版 持続可能な観光ガイドライン( JSTS-D)

──JSTS-Dには、①自己分析ツール、②コミュニケーションツール、③プロモーションツールの3つの役割があるとのことですが、具体的にはどのような使い方ができるのでしょうか?

「自己分析ツールとしては、自分たちは何ができていて何ができていないかを知ることができます。ご覧いただくとお分かりのように、項目A1からD15にわたり、観光計画から環境に優しい車まで、持続可能な観光を推進するための取組事項をまとめた百科事典的なものになっています。取組地域において顕在化している混雑や騒音、ごみ問題などのミクロな視点だけでなく、すべての項目を見ていくことによって、マクロな視点でも世界から求められていることがわかり、持続可能な観光地になるために自分たちは何ができていて何ができていないかを知ることができます。さらに、中長期的に毎年項目を見直し経年変化を見ることで、自分たちの町は各分野においてどのような変化をしているのか、取組の深度を感覚ではなく客観的に知ることができます。

また、コミュニケーションツールとして、各項目の内容について現状把握を行う過程や分析した結果の共有がステークホルダーとの意見交換や合意形成に役立ちます。これだけ多岐にわたる分野なので、自治体の観光課の職員が一人二人ですべての項目を十分に満たしていくことははっきりいって不可能です。JSTS-Dの『D』は、『for Destinations』を意味しますが、自治体だけでなく地域として、DMOや宿泊施設、観光施設等の関係するステークホルダーとともに取り組むことが大切です。

プロモーションツールという点では、JSTS-Dに取り組むことによって、持続可能な観光を推進している地域であるということを対外的にアピールしていくことができます。ブッキング・ドットコムの調査 によると、世界の旅行者のうち8割以上がサステイナブルな旅を志向していることが明らかになっています。そういったいわゆる質の高い旅行者の獲得を目指す場合、JSTS-Dという国際基準に則ったガイドラインに基づきサステイナブル・ツーリズムに取り組んでいるということ自体が、ひとつのプロモーションになるのです。JSTS-Dのロゴマークは、地域として持続可能な観光に取り組んでいることを対外的に表明するプロモーションツールとして、一定の基準を満たせば、Webサイトやパンフレット等でご使用いただけます」

 

50年後、100年後も、自分たちが望む町であり続けるためのツール

──JSTS-Dは、Aはマネジメント、Bは社会経済、Cは文化、Dは環境といった4つのテーマに大別されていますが、それらに紐づく47項目はどのような基準でつくったのですか?

「世界的な基準であるグローバル・サステイナブル・ツーリズム協議会(GSTC)が策定したGSTC-D(Global Sustainable Tourism Criteria for Destinations)をベースにしています。

ただ、GSTC-Dは全世界を対象にしているため後進国も取り組めるような内容になっており、なかには日本ではどの地域でも既に当然のこととしてやっている項目も多くあります。それらを省き、なおかつ日本の現状においてGSTC-Dにないもの、たとえば民泊問題や、オーバーツーリズム、旅のマナー、感染症対策のことなどを新たに加え、日本の現状に則した内容にしています」

──どのようにしてこれを世界にアピールしていく予定でしょうか?

「GSTC-Dをベースにしているので、JSTS-Dが国際的に通用する基準であることを認めてもらう手続きを現在(2021年3月時点)行っています。できるだけ多くの地域にJSTS-Dの取組に参加してもらうことによって、日本がサステイナブル・ツーリズムに取り組んでいるということを世界に広めることができます。JSTS-Dに挙げられた項目は多いですが、いきなり全項目に取り組む必要はなく、まずは関心のある項目から取組をスタートすればよいので、『持続可能な観光』という耳慣れない言葉やボリュームの多さに毛嫌いすることなく、できることからだけでも始めていただければよいですし、そうして一度始めたら定着すると思っています。

また、JSTS-Dの役割は、単なる観光客呼び込みツールや課題解決ツールというだけではありません。最も重要なことは、50年後100年後に自分たちの暮らす町が自分たちの望む形であり続けるためのツールだということです。中の項目をバランスよく見て取り組んでいけば、自分たちの目指す町づくりに繋がっていくはずです。

たとえば、岩手県釜石市は持続可能な観光において先進的な取組を行っている地域のひとつですが、その取組によって来訪する観光客は一部いるものの爆発的に増えたということはまだありません。しかし、取組を通じて地域住民が自分たちの町に誇りを持つという地域意識を高めた結果、こういう町にしていきたいというビジョンを市役所だけでなく、地域住民や釜石市で働く人々と一緒に持つことができてきているのです。こういったことが、最も重要なポイントなのではないかと思っています」

 

サステイナブルな観光地でなければ、観光客の選択肢に入らない可能性も

──地域住民の参画を促すために、どのような工夫ができると考えていますか?

「まず、地域住民の理解を得るために、観光が地域に与える経済的なメリットを説明するということがあります。儲けるということは観光業を持続可能にしていくために必要なことです。ただそれだけに特化せずに、バランスをとってやっていくことが重要です。

自治体やDMOは、その取組が地域の持続性や発展にどれほど貢献しているかということを住民に対して発信していかなければなりません。観光収入によって結果的に住民税がこれだけ抑えられているということや、観光客の受け入れのためにフリー Wi-Fiを設置したり、キャッシュレス決済端末を導入したり、公衆トイレを改修したりすることで、暮らしの利便性が向上したことをしっかり『見える化』して、地域住民の理解を得ることがまず大切だと思います。

北海道ニセコ町が観光庁事業を通じて作成したもので、『ニセコ町の持続可能な観光に関する調査レポート 』というものがあります。SDGsのために、また地域貢献のために、あなたたちは何をやっていますか? という質問を観光事業者にヒヤリングしてまとめたものです。これを見ると、観光業がいかに自分たちの生活に役立っているかがわかります。こういった取組は、他の地域にとっても参考になるのではないでしょうか。

さらに、こうした地域住民の参画を促す取組を通じて、地域住民が自分が暮らす町の観光に好感を持っていただけるようになると、最近流行のいわゆるマイクロツーリズム市場の拡大にもつながるのではないかと思います」

──ニセコ町は、観光庁が推進する持続可能な観光モデル地区のうちのひとつですが、ニセコ以外のモデル地区ではどのような事業を実施していますか?

「2020年度はニセコ町、岐阜県の白川村、神奈川県の三浦半島観光連絡協議会、京都市、沖縄県の5地区がモデル地区となっています。この5地区において、各地区から課題や取り組みたいことを聞きながら、観光庁としてお手伝いをさせていただいています。

例をいくつかご紹介すると、三浦半島観光連絡協議会では『観光客が出すゴミの処理費用を地域住民が負担しないといけないのか』という声が上がっていたため、観光客を対象に利用者負担として課金制のゴミ箱を置くことに関するアンケートを実施しました。沖縄県では、ユニバーサル・ツーリズムを進めるにあたって、障害者の受け入れマニュアルを策定しています。これらは、JSTS-Dでいうと『B8 多様な受入環境整備』や『A10 プロモーションと情報』で誘客の多角化などにあたります」

──特にコロナ禍以降、観光における量から質への転換を求める議論が盛んになっています。それに対してJSTS-Dはどのように役立ちますか?

「多くの地域で量より質という声が高くなっていて、量を求める地域でも質の高さを求めるというのは当然あります。しかし、『では質を求めるためにどのようなことをやっていますか』と聞くと、答えに詰まる地域は結構あります。

これはSDGsへの取組と似たところがあると思っているのですが、SDGsは大切だとわかっていても具体的な推進の仕方がわからない地域があるように、質を求めることが大切だとわかっていても、それに対して何をやっていいかわからないという地域は少なくありません。そのような地域のためにもJSTS-Dがあります。

2020年末にGSTCの総会にて、世界的にも有力なある旅行会社の代表が『サステイナブルな取組をしていない観光地には送客を行わない』とスピーチしました。業界における影響力を考えると、他の旅行会社もそれに追随する可能性があります。

したがって、世界に向けて持続可能な観光の取組をしていると表明することはとても大切です。表明すれば観光客が必ず増えるとは言いません。しかし、取組を行わなければ、欧米豪を中心とするサステイナビリティへの意識が高いといわれる旅行者の選択肢に入らなくなってしまいます。

一部自治体には、海外の旅行会社から『SDGsの要素を取り込んだ着地型ツアーをやってもらいたい』といったオーダーが入っていると聞いています。持続可能な観光に取り組んでいることは商品価値のあることだという認識を持っていただきたいと思います」

 

前編は下記の記事でご覧いただけます。