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[2017年度調査] 訪日客の消費のポイントはどこにある?~JNTO自主調査レポート①~

[2017年度調査] 訪日客の消費のポイントはどこにある?~JNTO自主調査レポート①~

[2017年度調査] 訪日客の消費のポイントはどこにある?~JNTO自主調査レポート①~

JNTOでは「地方における訪日客の消費拡大」をテーマとした自主調査に取り組んでいます。2017年度は「欧米豪訪日客の価値観」に焦点を当て、定量調査とオンラインコミュニティによる定性調査を実施しました。これから複数回に渡って、調査概要と結果についてレポートしていきます。

政府は2017年度からの新たな「観光立国推進基本計画」において、インバウンド消費の拡大と地方への波及を目指した新たな目標として、①訪日外国人旅行消費額8兆円(2015年実績3.5兆円)、②訪日外国人旅行者のリピーター2,400万人(同1,159万人)、③訪日外国人旅行者の地方の延べ宿泊者数7,000万人泊(同2,514万人泊)」を設定しています。

日本政府観光局(JNTO)としても、これらの目標達成に貢献すべく、「地方における訪日客の消費拡大」をテーマとした自主調査に取り組んでいます。初年度は特に「欧米豪」からの訪日客に焦点を当てて取り組んでまいりました。各地の訪日客受入環境整備や誘客に向けた取り組みに活用していただけるよう、これから数回に渡って、この調査結果を共有していきたいと思います。第1回目である今回のレポートでは、調査全体の着眼点とJNTOとしての新しい調査分析手法の試みについて、ご紹介いたします。

1.「地方における訪日客の消費拡大」の着眼点

「地方における訪日客の消費拡大」を考えるに当たり、まずは読者の皆様と全体像を共有したいと思います。一口に「地方における訪日客の消費拡大」と言っても、その要因は多岐に渡っていると考えています。私達は、訪日客の消費行動を左右する諸要素を、8つの着眼点としてまとめることにしました(図1及び表1)。

図1 訪日客の消費行動を左右する諸要素

 

さらに、これらの着眼点を、表1の通り、「1.外部環境分析(着眼点①)」、「2.顧客分析(着眼点②~④)」、「3.内部環境分析(着眼点④~⑧)」の3つの分析区分に大別しています。訪日客の消費行動は、本人の世帯収入・可処分所得だけでなく、こうした多様な要素が絡んでおり、地方における消費拡大には、これらの観点についての理解を深めることが不可欠であると考えています。

表1 「地方における訪日客の消費拡大」の8つの着眼点

1つ目の「外部環境分析(着眼点①)」とは、旅行者を取り巻く政治的・経済的・社会的・技術的な構造の変化が、今後、訪日客全体の消費動向にどのような影響を与え得るか?という観点です。例えば、中国人訪日客による「爆買い」が落ち着いたのは、「中国人訪日客の関心がモノからコトに移ったからだ」という指摘もありますが、中国政府による関税制度の変化も見逃せません。また、現在注目されている越境ECがさらに進めば、旅行先の日本国内での消費形態・内容も、さらに変化することでしょう。中国人訪日客だけでなく、他のマーケットを見ても、ITやシェアリングエコノミーの拡大による新サービス(民泊、カーシェアリング等)の誕生によって、予約や宿泊、移動の形態も変化し、それに伴い消費形態や内容も変化が予想されます。

2つ目の「顧客分析(着眼点②~④)」とは、例えば「人々は、どのような価値観を持ち、日常生活を送っているのか?」、「訪日旅行が彼らの価値観・スタイルにどのように影響するか?」といった、訪日旅行の背景にある価値観や日常生活等への理解の観点です。
例えば、観光庁「訪日外国人消費動向調査」(平成28年)によれば、訪日主要市場の中で、イタリアはハネムーナーの割合が最も高く(イタリアからの訪日客全体の6.4%)、ハネムーンの平均予算は欧州でも最も高い8,925ユーロ(約107万円)、ハネムーン期間は3週間以上が68%と欧州で最も長いマーケットですが、一方で、「世帯当たりの年間可処分所得」は、必ずしも欧州市場内でトップとは限りません(図2)。にもかかわらず、ハネムーンの平均予算額が欧州一である背景には、イタリアの文化的慣習が関係しています。ハネムーンの際、イタリアでは、家族や友人からの餞別があり、これらが当人達の通常の収入に加算されて旅費となる訳です。

図2 世帯当たりの年間可処分所得の比較(2016年)
出典)ユーロモニターインターナショナル

また、同一人物でも、同行者や旅行目的、ライフステージ(人生における段階)によって、旅行の消費行動は変わってきます。つまり、ある時点での収入のみを見るのではなく、どのような状況が整えば、訪日客の財布が大きくなり、また、財布の紐が緩むのかを知ることが肝要になります。

3つ目の「内部環境分析(着眼点④~⑧)」とは、自地域の訪日客受入環境の整備の理解の観点です。例えば、「訪日客が求めているモノ・コトへの理解なしに、これまでの国内客相手の延長で対処していないか?」、「地域の魅力をきちんと伝えられるガイドや住民がいるか?」、「景観に統一感はあるか?」、「その土地の魅力を感じられる雰囲気になっているか?」、「歩き回ることのできる空間づくりがされているか?」、「立ち寄りたくなるような店があるか?」、「地域の魅力を味わえるように、アクティビティや物販が商品化されているか?」、「朝食需要・朝活需要は取り込めているか?」、「夜間の楽しみ方は提案できているか?」、「クレジットカード決済は可能か?カード決済が可能であることを示すアクセプタンスマークは見えるところに掲示されているか?」、「来訪者の受入体制はできているか?」等、地域や事業者の改善点につながる問い掛けができると思います。

JNTOの自主調査では、こうした旅行者の消費行動に関係する諸要素を鑑みた上で、地方での訪日客消費拡大に向けたマーケット調査として、特に「2.顧客分析:訪日旅行の背景にある価値観や日常生活等への理解」に重点を置き、調査を進めてまいりました。

2.解き明かすべきは訪日客の目的・価値観

顧客分析の中でも、私達が明らかにしたいことは大きく3段階あります。まず、「訪日客が地域で何をしているのか?」という、現場での実際の消費行動の把握が出発点です(図3の③顕在的な消費行動)。しかし、これだけでは充分ではありません。「なぜ、その行動を取ったのか?」、さらには、「何ができなかったのか?」も明らかにしていくことが必要であると考えています。

仮に、「稲刈り体験」をした旅行者がいたとします。その人は日本の「生活文化・歴史を知りたい」という目的があるかもしれません。しかし、もしかすると、「一緒に行く人を喜ばせたい」という目的もあって、実はそちらの目的の方が強いかもしれません。

このように、「目に見える行動」だけでなく、「なぜ、それをしているのか?」という目的意識(図3の④目的意識)、さらに言えば、旅行者の「価値観」あるいは「深いところで、人は旅行に何を求めているのだろうか」(図3の⑤)というレベルまで理解を深めていかなければ、受入側の私達の「次なるアクション」には繋げにくいと考えています。

想像してみて下さい。同じ地域を訪れる旅行者でも「癒し」を求める旅行者であれば、「滞在する旅館の空間の充実」を求めるでしょうし、「刺激」を求める旅行者なら「充実したアクティビティ」を求めるでしょう。つまり、人は「価値」を感じることにお金を払う訳です。訪日客の消費ポイントを探るためには、訪日客の「価値観」を言葉にすることで、受入側の私達の意識を共有化することが重要であると考えています。

また、 現地では顕在化しなかった行動もあるでしょう。時間やお金、情報などの制約(図3の②潜在的な消費行動2)や、数年前のAirbnbのように、日本の各地では、まだサービス化されていない、ビジネスの芽があるかもしれません(図3の①潜在的な消費行動1)。

図3 訪日客の旅行消費行動について明らかにしたい各階層

今回の自主調査では、訪日客の消費行動を決定する要素の内、特に「訪日客自身に起因するもの」として、「価値観」と「条件」、「きっかけ・後押し」の観点を見ていこうと考えています。

訪日客の消費行動を左右するポイントは、個々人が持つ訪日旅行への「価値観」と、個々人が置かれた所与の条件がベースにあり、私達はこれらについての理解を深める必要があります。さらには、そこに「きっかけ」や「後押し」が必要です。訪日客の旅行先選定や購買・体験内容の選定の際の口コミや各種メディアや旅行会社等の情報に加えて、受入地域側の情報発信やプロモーション活動、現地での人との出会い等、着地側が働き掛けられる面も含まれます。顧客との接点、消費行動につながるスイッチはどこかということです。
これら「価値観」、「条件」、「きっかけ・後押し」という「訪日客の消費のポイント」を個別に調査するのではなく、個々人の「消費行動を左右する一連のセット」として理解することで、プロモーションと受入の具体的な改善アクションにつなげるヒントを提示したいというのが、私達の課題意識です。

3.Japan Travel Online Community(JTOC)のご紹介

以上見てきた課題意識を踏まえた調査手法として、私達はオンラインコミュニティ「Japan Travel Online Community(JTOC)」を立ち上げました(図4)。

図4 Japan Travel Online Community(JTOC)の画面例

このオンラインコミュニティには、欧米豪の旅行者・日本在住者を中心に200名以上の皆様が参加しており(図5)、それぞれ自分の言葉で様々な角度から訪日経験を語ってくれています。どちらかと言えば欧米豪の熱心な日本ファンの方が多く、その意味では必ずしも訪日客全体を代表している訳ではありませんが、彼らの訪日経験は、広く全国の読者の皆様にも示唆に富むものと見ています。と言うのも、特に地方訪問の経験については、いわゆるゴールデンルート以外の地域を訪れている訪日旅行経験と好奇心旺盛な参加メンバーが多く、「一歩先を行く訪日客の動向」という意味で、有意義なものであると考えられるからです。これまでに101のスレッドが立ち上がり、2,826のコメントが集まっています。

図5 JTOC参加者の内訳(n=240)

仕組みを簡単に説明しましょう(図6)。私達はオンライン上の参加メンバーに向けて、ディスカッションにつながるような話題を投げ掛けます。例えば、「あなたと日本との出会いを教えて下さい」、「ゴールデンルートとそれ以外の地域、それぞれの旅行の魅力とは?」、「知られざるおススメの地方旅行先」といった訪日旅行に関する話題の他、「人生で大切にしていること、人生や仕事の目標や夢、課題」といった話題も投げ掛けています。オンラインコミュニティの特性を活かし、写真や動画、SNSや旅行中のリアルタイムの内容をも投稿してもらっています。
当然、もっと深く聞いてみたいことも出てきます。その時は、コメントに返信して個別に深堀りをしたり、場合によっては、チャットやアンケートを通じて聞くことができます。また、「地方旅行のアイデアコンテスト」といった人気投票も行いました。こうした活動を通じて、私達とメンバー間だけではなく、メンバー同士でも活発なやり取りがなされます。その一連のコメントのやりとりを見ていくことで、地方を旅行する訪日客が「誰と」、「どんなことを」、「なぜ」、「いつ」、「どのように」したのか、さらには、その奥には、どういった「価値観」があるのかを紡ぎ出していこうという訳です。
オンラインコミュニティであるJTOCは、時間・空間的な制約を受けずに、世界中から訪日旅行についての意見を丁寧に聞くことができます。言ってみればJTOCには、200人もの日本旅行の熱心なファンが、スクリーンのその先で、相談されるのを待ってくれているのです。将来的には、JNTOだけでなく、皆様にもマーケット調査の場として活用していただきたいですし、世界の日本ファンの方々にとっては、有益な情報交換の場にしていただきたいと考えています。

図6 オンラインコミュニティの概念図

この調査によって、受入側では何ができるかというと、「価値観によるセグメンテーション」、つまり「旅行者のタイプ分け」と、それに合わせたサービス・商品・受入体制の在り方等についての改善を図ることができます。

地域には、たくさんの見せたいものがあるのは、私達も重々承知していますが、重要なのはマッチングです。情報発信において、地域資源を「あれも」、「これも」と同列に提示するのではなく、「来訪者の価値観」と「地域の提供できるモノ・コト」との、より良い出会いを生み出すことが大切だと考えます(図7)。

図7 ターゲットに合わせた地域資源の組み合わせ方のイメージ

別の見方をすれば、「旅行者のタイプ別」に見た「地域資源のタイプ分け・使い分け」ができるのです。

JTOCのコメントの中から一つだけ紹介します。ある40代のオーストラリア人男性が、「人生観」に関するトピックで興味深いことを語っていました。彼のコメントには、「寿司」と「そば」と「能」が出てくるのですが、彼にとってはこの3つが、実は同じ意味合いを持っていました。どういうことかと言うと、このオーストラリア人男性は 「日本食」や「伝統芸能」といった通常のカテゴリーを飛び越えて、「寿司も蕎麦も能も、その表面的なシンプルさの裏に、日本の奥深さを表現している」と言うのです。「この点が自分にとって、たまらなく素晴らしい日本の魅力なんだ」と。これはまさに「異なるモノの見方」と言えるでしょう。さらには、その感動を踏まえて、「子供達がもう少し大きくなったら、このことを伝えるために日本を訪れたい」と語っていたのです(図8)。

図8 異なるモノの見方

こうした観点もあると知った上で、改めて自分達の地域資源を見直した時、何が見えるでしょうか。それまで別物だと思っていた「何」と「何」が結び付くでしょうか。「どんなプログラムやコースができるか?」、「同じ資源でも誰にどう語ってもらったら、もっと相手に良さが伝わるだろうか?」、「この地域ならではの付加価値を持たせられないだろうか?」等、いろいろなことが考えられると思います。

突き詰めれば、私達は観光を通じて、「異国の人々」に、「次世代の子供達」に、そして「自分達自身」に、どのようなメッセージや生き様を伝えられるでしょうか。少し大袈裟かもしれませんが、この点こそが「観光の持つ力」の最も重要な部分であると考えています。

今後のレポートを通じて、日本各地を旅する欧米豪を中心とする訪日客が、一体どのような「価値観」を持って、どのような旅しているのか、皆様にもお伝えしていきたいと考えています。