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古湯・下呂温泉がエコツーリズム+データマーケティングでバージョンアップ(後編)

古湯・下呂温泉がエコツーリズム+データマーケティングでバージョンアップ(後編)

古湯・下呂温泉がエコツーリズム+データマーケティングでバージョンアップ(後編)

室町時代から、草津、有馬とともに「三名泉」としてその名を轟かせた下呂温泉。一度は訪れたい温泉地としての地位を獲得しているかに見えますが、これまでに何度も観光客の激減に見舞われたといいます。そこから何度も立ち直り、下呂温泉は、2022年に「世界の持続可能な観光地トップ100選(グリーン・デスティネーションズ)」に選ばれ、今や世界に知られるサステナブルな温泉地となり、観光の力で地域全体の活性化を図っています。その原動力は、DMOによるデジタル戦略。その詳細を下呂温泉観光協会会長・瀧康洋さんに伺いました。

対象地域
岐阜県・下呂市
面積
851.21平方キロメートル
総人口
30,034人(令和5年2月1日現在)
主要観光資源
下呂温泉、下呂温泉合掌村、御嶽山等
公式サイト
https://www.city.gero.lg.jp/

(前編はこちらから)

先人が教えてくれたデータの重要性

―全国で初めて下呂市が取り組んだ「E-DMO」について教えてください。

下呂市はエコツーリズムとDMOを融合させた「E-DMO」で、観光による地域活性化を進めています。観光協会、商工会、旅館組合、行政機関、研究機関、ガイド団体などで構成される下呂市エコツーリズム推進協議会が、エコツーリズム推進に関する全体構想を策定し、経済活動と環境資源の保全と活用を担う。そしてDMOがさまざまなデータ収集と分析をしたうえで、適切な観光プロモーションで集客を行っています。

地域主体の観光振興であるエコツーリズムと、顧客とマーケットの両方にフォーカスしたDMOの2つが両輪となってうまく機能することによって観光による地域活性化を図る、それが「E-DMO」です。

日本の観光地の中にはドラマの舞台になることなどで観光客の増加を見込もうとするところがあります。しかし、ドラマの舞台は一過性のもので終わる可能性があります。サステナブルな観光地を目指すのであれば、地道に宝探しをし、データをとり、PDCAを回して、まずは一つ一つ成功体験を積んでいく。そして市民の方々に対しては透明性を大切に、情報をこまめに発信していくこと以外にないのだと思っています。

―データを基にして動くことの重要性に、いつ、どのようにして気づかれたのでしょうか。

そもそもデータの重要性に気づいたのは、東日本大震災の時です。先にも話した通り、2011年3月に震災が発生して3、4月の観光客が激減しました。下呂温泉では約50年前から宿泊者データを取っており、この先人が積み上げてくれたデータを活用して何か手を打とうということになりました。当時はまだSNSが今ほど活発ではなかったため、最も効果的だと思われるラジオにプロモーションを打ったところ、2ヶ月で観光客が戻ってきたのです。データという数字に裏付けされた現状を客観的に把握して、的確に対応する重要性をはっきりと認識しました。

そしてエコツーリズムに着目してわかったのは、既存のエコツーリズムではデータの重要性にあまり気づいていないということです。データを集めていないので、もちろん客観的な数字に基づいたマーケティングも行われていません。それに対して私たちDMOには長年蓄積されたさまざまなデータがあります。これを強みにしてデータに基づいたマーケティングを行いながら地域の活性化を図る「E-DMO」を推進することにしました。

やるべきことはすべて、データが教えてくれる

-- データの有用性について具体的に教えていただけますか。

観光は、持続可能な成長が見込まれ、地域に新しい雇用を生み、より大きく効果的なインフラの開発ができ、しかも住民の生活の質の向上をもたらす有力な産業です。私たちは観光地域づくりの舵取り役となるDMOを発足させるにあたり、DMOという名前(Destination Management/Marketing Organization)が示す通り、客観的データに基づいて現状を把握し、論理的に組み立てられた事業を行えば、その事業はいつでも検証が可能となるため、計画された事業の成功率が高くなると考えました。

下呂市という小さな自治体の財源は限られています。その中で、DMOでは誘客に向け予算を有効に活用するために、観光客数、国内・海外の観光客の比率、個人・団体の割合、旅行消費額、来訪者満足度、ウェブサイトへのアクセス状況など、さまざまな項目のデータをチェックしながら、ゴールとそれに向けたKPIを設定し、施策を練るプロモーション会議を月に一度行っています。

プロモーション戦術はWEBを中心としたデジタル関連だけでなく、駅前でのビラ配りや旅行会社への営業回りなど、地道なアナログの手法も手を抜くことなく行い、県や国、飛騨観光宣伝協議会などの実施計画とも連携して、漏れやダブりがなく効果的に行うようにチェックして進めています。

2020年からは、それまでアナログで行ってきたデータ収集にデジタル技術を導入しました。これまで宿泊施設ごとに異なる形式のデータを手作業で集計してきましたが、共通のプラットフォームを構築することで作業時間を効率化できるようになりました。

このように収集するデータの数や種類・方法は、経験を重ねる中で精度を高めてきています。たとえば観光客がどのような交通手段で訪れているかという項目は、当初は中部圏や関東圏などの大きい分類でのデータしかとれていませんでしたが、現在は全都道府県からそれぞれのデータを集めることができています。先達が伝えてくれた「データの必要性」を確実に今に活かすために、どんどんバージョンアップさせています。

古湯・下呂温泉がエコツーリズム+データマーケティングでバージョンアップ(前編)
下呂市DMOのプロモーション計画策定

また、参加している各施設も、地域全体と自分たちのデータを比較しながらプランづくり等をすることができるようになっています。たとえば簡単な例をあげると、下呂市内全域で東海圏在住の20代女性の来訪が増えているのに、自分たちの旅館は全く取り込めていないということがデータからわかったとします。その場合は、ターゲットに向けた宿泊プランを設けて、20代女性がよく見るサイトでプロモーション活動を行うなど、より早く戦略を立てて動くことができるようになります。

―DMOがデータを収集することによるメリットを教えてください。

客観的データに基づきながらマーケティングをしっかり行っているので、どんな事態が起きても、いつどこで誰が何をやればいいのかがすぐにわかります。

ですから、コロナ禍でインバウンドがまったくなくなった2020、2021年においても、私たちの動きは変わりませんでした。組織内で「観光は水の如し。たとえマーケットが小さくなっても、お客さまを開拓する」という意思統一を徹底し、国内の新規顧客の獲得と、既存の顧客のリピート率を高めて下呂市内の滞在時間を伸ばす戦略を実行しました。

緊急事態宣言などで移動の自粛が求められる中でも、おうち時間の増加によりYouTubeの閲覧時間が増えていることがわかったため、計画的に広告動画を配信しました。その結果、体験型ツアーに関して、若年層だけでなく50歳以上の視聴も多く獲得でき、ニーズがあることがわかりました。

そこで2021年には、YouTubeに加えてFacebookなどのSNSを含めて配信した結果、ページビューやセッション数、ユーザー数など、主な数値がすべて増加しました。前年は愛知県からのアクセスが最も多かったのに対し、翌年は東京からのアクセス数が増加し、男女比率では女性の割合が増加。デバイスでは、スマートフォンからのアクセスが59.1%から76.1%と大幅に増加しました。こうした活動によって、コロナ禍においても旅行意欲の高い層への興味を喚起することに繋がりました。

2022年度の初頭にインバウンドが望めなかった時にも、われわれは動きました。国内の団体客を呼ぶこともできないとわかった時点で、下呂温泉を訪れる観光客の中でも「平日に動く層」があることに着目。そしてこの層に強いエージェントにすぐに働きかけたところ、これがうまく当たりました。

このようなさまざまなアプローチによって、下呂市の宿泊者数は2022年5月の段階で、2019年比で約9割まで回復しました。2019年の数字には国内だけでなくインバウンドも含まれていますが、2022年は国内の観光客のみの数字です。データをとり、分析して的確に策を打つことの重要性がここからもわかるのではないかと思います。

-- データをとっていれば、すべきことが自ずとわかるようになるということでしょうか。

そういうことです。目標に対してどこを強化すればいいのかがわかり対応策をすぐに講じることができるので、われわれのモットーは「できることは全てやる」ですから、2020年には10事業、21年は15事業、22年は20の事業を行っています。このように良いスパイラルのスピードがどんどん上がっていくのです。
たとえば今、下呂温泉エリアでは年間120万人の観光客を呼ぼうと目標を設定しています。数を均せばひと月の目標は10万人です。もちろん、10万人を超えている月と超えていない月がありますが、この繁忙期と閑散期の格差をなくすような施策を行っているところです。国内はもとより、海外ではどの国からどれだけの人数がいつ日本を訪れるのかなどの数字を見ながら、県や国などとも手を組んでプロモーションを打っていくつもりでいます。これがうまくいけば、私たち職員の働き方改革もできると考えています。

DMO(Destination Management or Marketing Organization)と名乗るからには、データに基づいたプロジェクトマネジメントができていなければいけない、そう強く思っています。

ゴールに向けて変わり続ける下呂市

―さらに、現在進めているデータ解析やそれらを利活用した取組などがあれば教えてください。

私たちの中にはマーケティングのプロはいませんし、デジタル環境に対してもまったくの素人です。そんな中、デジタルツールを取り入れる判断基準はただひとつで、"地域にとって使いやすいツールかどうか"ということだけです。それを見極めて選択しています。ただ説明を受けただけではわかりませんから、複数のツールを比較して検討することもあります。

下呂市では現在、3つのシステムを利用して観光客の動向調査を行っています。ひとつのシステムは、どんな属性の人が、どこから来て、どこを巡っているのか、域内の100スポットを対象に日別で計測するもの。もうひとつはGPSから高精度の位置情報を取得して、来訪者の属性と2日間の行動や交通手段を月1回の統計値と月2回の詳細レポートでチェックするもの。3つめは下呂市内の20スポットで、滞在時間とどこを周遊したのかを日毎に分析するものです。

地域にとって最も使いやすいものを採用したいので比較検討しているところなのですが、おかげで、今まで会議に参加してもどこか受身だった地域の担当者が、システムのIDを渡して以降は発言が積極的になったという副次的効果も生まれています。これは来年度以降もうまく活用できるのではと思っています。

 

古湯・下呂温泉がエコツーリズム+データマーケティングでバージョンアップ(前編)
『おでかけウォッチャー』

 

さらに集めたさまざまなデータを駆使して、観光産業が地域内外の他の産業にどれだけ経済波及効果を与えているのかも可視化しています。そのうちのひとつが、下呂市の「産業連関表」の作成です。産業連関表というのは、地域経済における生産活動や取引関係を数量的にとらえた統計表です。私たちは、観光業だけが盛り上がればいいとは思っていません。この産業連関表で「新規需要額」「直接効果」「第一次波及効果」などをグラフで表示して経済波及効果を見える化し、他の産業も盛り立てていきたいと考えています。

たとえばいま目を向けているのは、農業です。宿泊施設や飲食店などで地元で採れた食材をもっと使うようにすれば地産地消が進み、CO2排出量の削減もできるはずです。観光業が勢いに乗ることで農業に波及効果がおよんで農家も潤い、さらには環境にも良い影響を及ぼす......こうした二次三次効果で地域全体が活性化していくことが最終的な目標です。循環型社会への道筋も、今少しずつ見えるようになってきており、産業連関表を作成することによって、人々のSDGsへの関心も高まってきています。

―2022年には「世界の持続可能な観光地トップ100選(グリーン・デスティネーションズ)」にも選ばれました。"持続可能な観光"の国際基準を満たすのは大変ではありませんでしたか?

エコツーリズム推進法に基づく全体構想の中で、すでにサステナブルな観光地となるべく施策を進めていたので、大きな変更や方向転換を余儀なくされることもなく、国際認証についても約半年という短い準備期間でエントリーすることができました。ですから特段、難しいことはなかったように思います。

さらに今後は、別のサステナブル・ツーリズムの国際認証機関「EarthCheck」による持続可能な地域の現状把握にも取り組むことを考えています。データ管理システムにしてもそうですが、こうした国際認証も、地域に合うものを選択すべきです。今後の方針と照らし合わせながら、決定したいと思います。

―下呂市の観光はこれからどのように進んでいくのでしょうか。未来像をどのように思い描いていますか?

観光を推進したことによって多くの観光客が訪れ、オーバーツーリズムを引き起こして住民の暮らしが犠牲になってしまうのでは意味がありません。DMOが自分たちの役割をしっかり果たすことによって、オーバーツーリズムにならないようマネージングしながら、観光客を増やす取組にも一層力を入れていくつもりです。

一方住民に対しては、エコツーリズムへの理解をもっと深めてもらうために、2023年度から市民向けの講座を開き、市民同士がもっと交流しあえる場を創出する予定です。

実は、さまざまなデータを集める中で、日本人女性が非常に疲れており安らぎを求めていることが浮かび上がってきました。「人々を癒す」。それが古くからの温泉地・温泉旅館の役割です。そこで、下呂市が現代版の新しい湯治場として、若者をはじめとした癒しを求めている人たちを受け入れていけないかと考えています。湯治とワーケーションをミックスできないか、医療費控除が受けられるところまで湯治の体制を整えられないかなど、いろいろ検討していきたいですね。

下呂市に来ることで日々の疲れが癒されて、また仕事に戻るための英気が養える。そうなるためにも、下呂市の各エリアが持っている個性をもっと際立たせて、多様化するニーズに対応できるようにもしていきたいです。

インバウンドに対しても基本的にやることは同じです。日本には四季があり、春夏秋冬それぞれに自然に親しむ楽しみがある。これは、日本人はもとより海外の人にとっても大きな魅力だと思います。下呂市の美しい自然を長く楽しんでもらいつつ、すべての人にとっての第二の故郷になれるよう進んでいきたいですね。


下呂温泉観光協会 会長 瀧 康洋
下呂温泉の中で最大級の規模を誇る温泉旅館「水明館」社長。1998年に下呂青年会議所の理事長を務め、太平洋アジア観光協会理事・下呂温泉観光協会理事を経て2014年に下呂温泉観光協会会長に就任。2016年より下呂市DMO委員会委員長、下呂市エコツーリズム推進協議会会長。


(前編はこちらから)