HOME JNTOの事業・サービス 地域インバウンド促進 地域の取り組み事例

歴史的資源を保全・再生し、観光まちづくりに活かす(前編)

歴史的資源を保全・再生し、観光まちづくりに活かす(前編)

歴史的資源を保全・再生し、観光まちづくりに活かす(前編)

2018年に設立、2021年に地域DMOとして登録された「一般社団法人キタ・マネジメント」。愛媛県大洲市において、城下町に残る伝統建築の町家・古民家を改修し、分散型ホテルとして再生するだけでなく、大洲城を活用した「城泊」を実現させ、その歴史的資源の保全・活用と高付加価値の創出を両立させた取組が注目を集めています。地域の歴史的資源を守り、観光まちづくりに生かしていくためには何が必要なのか? 同法人の事務局次長・村中元さんにお話を伺いました。

対象地域
愛媛県・大洲市
面積
432平方キロメートル
総人口
40,498人(令和5年1月時点)
主要観光資源
大洲城、金山出石寺、瑞龍寺、臥龍山荘、小薮温泉等
公式サイト
https://www.city.ozu.ehime.jp/
https://kita-m.com/

「地域資源消滅」の危機感からDMOを設立

―はじめに、地域DMO立ち上げに至った背景や経緯について、地域が抱えていた課題とともにお話しください。

大洲市の観光の玄関口である肱南(こうなん)地区は、大洲藩六万石の城下町エリアです。明治以降は製蝋や製糸業で繁栄したため、明治大正期の町家、古民家、蔵などの歴史的建造物がいたるところに存在しています。しかし、そうした建物は時を経て維持が困難となりいわゆる「老朽空き家」となっていきました。

法令上、古い建物は、いかに歴史的な価値があっても、文化財など指定のように規制を受けていなければ自由に処分することができます。大洲でも、歴史的建造物が集まる地区で、老朽空き家がつぎつぎと処分されつつありました。

本来、歴史的・文化的資源は、地方のまちが独自性を活かして地域を元気にしていこうとした時に「本当の強み」になるはずのものです。にもかかわらず、大洲ではその強みが発揮される前に消滅してしまいそうな状況でした。

この景観を守るためには、歴史的背景や建物のストーリー性など、その価値を最大限に活かしつつ、所有者の意向もくみながら民間事業者などによって活用を進めていくことが不可欠でしたす。そこで、歴史的資源を活用し、訪日外国人旅行者や国内観光客をターゲットにした観光まちづくりを展開することをミッションとした地域DMOキタ・マネジメントが設立されました。大洲市が資本金2,000万円を投じて設立した「官製法人」です。

設立に先立って、大洲市と、バリューマネジメント株式会社、一般社団法人ノオト・株式会社NOTE、伊予銀行の4者が『町家・古民家等の歴史的資源を活用した観光まちづくりにおける連携協定』を締結しました。市は、市内の古民家がどの業態への活用が適しているかエリア計画を策定。一般社団法人ノオト・株式会社NOTEは、計画策定及び活用ノウハウの提供。キタ・マネジメントは、所有者から古民家を借りるか購入するかしたうえで宿泊施設や店舗に改修してオープン。経営はバリューマネジメントなど民間に委託するというスキームができあがりました。

2017年に発表した大洲市の計画概要では、「付加価値額1.6 億円の地域経済牽引事業を創出し、当該事業が促進区域で 1.3 倍の波及効果を与え、促進区域で 2.08 億円の付加価値を創出することを目指す」と書かれています。現在は設立から5年目ですが、実際にはこの目標を上回る水準で事業が進んでいます。

 

町家の構造を活かしてホテルと店舗を配置

―町家などの歴史的資源を活用した「まちづくり」は、どのように進めていったのでしょうか? また、これまでに何軒くらいの空き家歴史的建造物を再生させたのですか。

大洲の城下町は建物の多くが「町家造り」になっています。1階の通りに面した部分が店舗、1階の奥と2階が居住スペースというスタイルです。それを改修する際、あまり大きく構造を変えてしまうと建物の歴史的・文化的価値が失われてしまうため、できるだけ原型を残すようにしました。

この造りを活かして、1階を店舗にし、もともと居住スペースとしていたところに客室を設けた分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」が生まれています。一般のホテルでは、地下や1階にショッピングアーケードがあって上層階に客室がありますが、それを平面的に構成したようなイメージです。ホテル運営は、民間事業者であるバリューマネジメント株式会社が担っています。

 

歴史的資源を保全・再生し、観光まちづくりに活かす
NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町

 

1階の店舗スペースには、日帰りでも楽しめる店舗を誘致しています。雑貨店や和菓子店、パン屋さんなどのほか、カフェ、日本酒やワインの量り売りをする酒店などが並んでいます。

店の誘致にあたっては、観光客の回遊性も考慮しながら、「このエリアにどんな機能があれば、観光客が楽しめる町になるか」という視点を大切にしています。例えば「角地にこんな店を配置すれば賑わいが感じられて、まちが元気に見える」とか、中心部から離れた場所にある築100年の赤レンガ蔵は、「わざわざ歩いていってみたいくらい楽しめるような施設がよいから、例えばクラフトビール工場にしたらどうだろう」というように戦略的にプランニングしています。

現在は、34棟の建物が改修されています。そのうち、文化財調査によって歴史的価値が高いと認められた「歴史的建造物」が31棟です。その中に、分散型ホテルとして28室が稼働しています。

―歴史的建造物を再生するうえで大切にしているポイントについて教えてください。

古い建物の改修にあたっては、その歴史的価値を損なわずに改修・活用することで、将来にわたって価値が高まることを狙っています。そのため、改修の際のインパクトを最小限に抑えるよう留意しています。

例えば、この写真を見てください。これは「村上家住宅」と呼んでいる長屋・土蔵群ですが、土蔵の壁の表面が剥落している状態を、あえてそのまま残すように改修しています。一般的な修復では、新たに漆喰で塗り込めてしまうと思いますが、私たちはこうした経年変化も「価値」として捉えているのです。例えばインバウンド客は、土壁がどのようにつくられているかに興味を持ってくれます。当時の建築工法も地域固有の文化ですから、それを覆い隠してしまうような改修は行わないということですね。内装においても、長く生活する中でできた傷などはそのまま残しています。

 

歴史的資源を保全・再生し、観光まちづくりに活かす

村上家住宅(長屋・土蔵群)

 

現在、プロジェクトがスタートして4年目になりますが、町の全体像が見えてきて、観光客が訪れるようになり、メディアで取り上げられて、国際的な機関からも評価をいただくようになり、地域においてもようやく「いいことが行われているんだろうな」と理解が広がり始めています。

 

1泊100万円で「城に泊まる」

―「大洲城で宿泊する」というアイデアは、どんなところから出てきたのでしょうか? また、合意形成はどのように行ったのですか?

私たちが定期的に開催している官民連携会議の中では、かねてから「町家を改修して分散型ホテルにしただけでは、大洲の認知度を上げることは難しい。もっとインパクトのある施策がも必要だ」という意見が多数を占めていました。そんな流れの中、2018年の会議で、「『城に宿泊する』ことができれば、世界的にも注目度の高いイベントになるんじゃないか」というアイデアが提案され、検証してみてはどうか、ということになったのです。

「大洲城キャッスルステイ」の実現に向けては、住民を含めた地域の合意形成が欠かせません。地域の宝、文化財を使うことに対する不安があったのです。市議会への説明のほか、住民向けには延べ50回以上、丹念に説明活動を行いました。

「大洲城、城下町の町家・古民家等の歴史的資源を活用して、観光産業の確立を目指す」
「文化や歴史に対する感度の高い国内外の人をターゲットに展開する」
「特別な料金を得ることで、文化財保存・整備環境を持続可能なものにする」

など、あくまで、城下町を再生させるためにキャッスルステイが必要なのだという軸をぶらすことなく説明を行いました。その結果、現在では多くの方が理解を示してくれています。

 

歴史的資源を保全・再生し、観光まちづくりに活かす
「大洲城キャッスルステイ」の様子

 

―これまでに何組ぐらいの方が利用されたのですか? また、「1泊100万円」という料金設定は、どのように決まったのでしょうか?

「大洲城キャッスルステイ」は、2020年7月にスタートしました。コロナ禍でしかも高額な料金設定にも関わらず、この2年半の間に14組の方が利用してくださいました。2023年も3月~7月までの前半シーズンだけで、すでに10件以上の予約が入っているという状態です。これまでは日本人のお客様だけでしたが、外国人の方の予約も入っています。

「1泊2名で100万円」という価格に関しては、最初に価格ありきで設定しました。エシカルな価値の分かるお客様に来ていただきたかったのと、インパクトのある金額を設定することによって、大洲市に注目を集めたいという狙いもありました。そのうえで、「100万円の価値をどう提供できるか」を考えていきました。本物の城で、ゲストは甲冑を身に着けて入城し、城主のために何十人もの地域の方々が鉄砲隊の祝砲や神楽などの伝統芸能で歓迎してくれる。単に城に泊まる貴重な体験という話題性だけでなく、「つくりものではない、本物の歴史や文化を体感していただく」というコンテンツをつくっています。

(後編に続きます)