世界の人口の4分の1を占めるムスリムの訪日旅行者は、今後さらに増加すると見込まれています。そのため、ムスリムの訪日旅行者が不便を感じることなく、安心して快適に滞在できる「ムスリムフレンドリーな環境」の整備が求められています。文化や習慣の違いを理解し、ムスリムの訪日旅行者の心をつかむためには、どのような対応が必要なのでしょうか。岡山市 プロモーション・MICE推進課の楢原申士さんに聞きました。

対象地域
岡山県 岡山市
面積
789.9平方キロメートル
総人口
719,134人(令和3年4月1日時点)
主要観光資源
岡山城、岡山後楽園、最上稲荷、吉備津神社、西大寺観音院、八幡温泉郷等
公式サイト
https://www.city.okayama.jp/
https://okayamahealthtourism.com/

目次

ムスリムの訪日旅行者誘客スタートのきっかけは、ムスリム市場への期待と近隣市町での取組

―はじめに、岡山市が「ムスリムの訪日旅行者を呼び込む戦略」をスタートさせたきっかけについて教えてください。

2013年に東南アジア5か国(タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシア)の訪日ビザが緩和されたことで、東南アジアからの訪日客増加に期待が高まっていました。また、今後ムスリム人口が増加していくという予測もあり、将来的にムスリムが大きな市場となるのではと考えました。

当時、国内の他地域では、まだ本格的にムスリムの誘客に取り組んでいる自治体はあまりなかったため、岡山市がその先駆けになろうと可能性を探っていたところ、岡山市の近隣2市町で、誘客の足がかりとなりそうな取組がいくつか見つかったのです。

真庭市にある湯原温泉の宿泊施設では、ムスリムの方が従業員として働いていたこともあり、当時からムスリムフレンドリーなサービスを提供していました。また、吉備中央町では2016年に日本初のハラール認証のパン製造工場が稼働を開始しました。こうした背景をきっかけに、2016年、真庭市・吉備中央町とともに、東南アジアのムスリムの方々をメインターゲットとした観光客誘致の取組をスタートさせたのです。

―具体的には、どのような取組を行ってこられたのでしょうか?

2016年8月に、岡山市が事務局となり、2市1町の行政・観光団体・旅行・金融・運輸・宿泊・飲食といった企業等の官民連携で「岡山型ヘルスツーリズム連携協議会」を設立しました。事業の内容は大きく分けて2つあります。ムスリムの「受入体制の整備」と「誘客プロモーション」です。

受入体制の整備では、岡山独自の認定制度「ピーチマーク制度」を制定しました。これは、ムスリムの方々が安心して店や商品を選択できるよう、例えば飲食店なら「ノンポークメニューがある」、宿泊施設なら「お祈りマット、キブラコンパス(ムスリムが使用する携帯方位磁針の一種)が利用できる」、お土産などの食品製造業なら「原材料の英語表記がある」などの基準を満たした店や商品に「ピーチマーク」を付与するものです。2021年度には、ピーチマークⅡで「ハラール認証肉」を追加するなど認証基準の見直しも含め、さらにわかりやすい内容とするために改正を行っています。

また、ムスリムの方々への対応マニュアル冊子『おかやまムスリムおもてなしハンドブック』も作成しました。これはイスラム教の戒律に基づいて、豚肉やアルコールの摂取を禁じているといった基本的知識を説明し、ルールに応じた食や生活を提供できるよう解説したもので、宿泊施設・飲食店・製造事業者向けに無料配布しています。

誘客プロモーションでは、オウンドメディアやKOL(Key Opinion Leader)を使った情報発信、現地の旅行博や商談会への出展などを行っています。公式サイト(日本語・英語・インドネシア語)でピーチマーク認定店舗を紹介するなどの情報発信を行うほか、ムスリム向けの観光ガイドブック(英語・インドネシア語)を作成し、上記サイトに掲載しつつ、冊子版も現地と国内で配布しています。また、観光、体験、食についての情報を盛り込んだ旅番組を作成し、海外向け日本コンテンツ専門チャンネルで配信しました。

こうしたテレビや雑誌などのマスメディアを通じた発信に加え、FacebookやInstagramでも定期的な発信を行っています。さらに、岡山在住のムスリム留学生などの協力を得て、SNSを活用した「ムスリムフレンドリーな街・岡山」の発信を行っています。

こうした岡山の取組は、JNTO海外事務所が定期的に発行されているニュースレターや、2021年10月に開催されたJNTOジャカルタ事務所主催の現地旅行会社向けオンラインセミナーなどにおいて、紹介していただきました。

岡山独自の基準で「ムスリムに優しい店」をアピール

―ムスリムの方々を迎える際に、一般には「ハラール認証の取得」という方策を聞きますが、独自基準の「ピーチマーク」を考案された理由を教えてください。

ムスリムの方々にとっては、やはりハラール認証があることが絶対的な安心につながるのだと思います。ただ、一般にハラール認証を取得するためには、認証機関が定めた基準にしたがって豚由来の成分やアルコールを避ける対策など多くの条件を満たす必要があります。さらに、認証取得費用は安くありませんが、そのコストに見合う集客ができなければ意味がありません。こうした高いハードルがあると、宿泊施設や飲食店からの協力が得にくくなってしまうのです。

そこで岡山市では、ハラール認証とは別の独自制度として、より導入しやすい「ピーチマークⅠ」と、よりムスリムフレンドリーな「ピーチマークⅡ」の2段階の認証レベルを定め、多くの宿泊施設や飲食店に協力していただける仕組みをつくりました。もともと豚を一切使わないメニューを持つ店なら、新たにムスリム対応をしなくてもメニューの英語表記を行えば、「ピーチマークⅠ」の基準を満たすことが可能です。まずは試行的に「ピーチマークⅠ」を導入して、集客効果などの手ごたえが得られたら「ピーチマークⅡ」に移行していただく……そのように使っていただければと思っています。

どのレベルのお店を選ぶかはムスリム自身の判断です。実際に、ピーチマークⅠでも、ムスリム客に大人気の店もあります。2021年度末の時点では、ピーチマークⅠとⅡの合計で61の飲食店、宿泊施設、製造業がピーチマーク認証を受けています。

認証基準の策定にあたっては、地元在住のムスリムの方やムスリム関係の団体に協力を仰ぎました。現在は、ムスリム関係の知見やネットワークを持つアドバイザーと相談しながら運用しています。

 

ムスリムの訪日旅行者を呼び込む、岡山市の戦略とは

ピーチマークⅠとⅡの違い。対応できるサービスによって2種類のピーチマークが存在する

 

―飲食店などに「ピーチマーク取得」を案内する際、お店の反応はいかがでしたか?

最初に案内する際には、『おかやまムスリムおもてなしハンドブック』を持参して説明をします。このハンドブックは、イスラム教を難しいものと感じさせないこと、ムスリムの多様なニーズを理解してもらうこと、受入側としてどのような対応をすると良いか理解してもらうことに重点を置いて制作しました。ハラールやピーチマーク基準の説明も含んでいます。

お話させていただいたときの反応は店主やオーナーによってさまざまです。ごくわずかですが、イスラム教徒と聞いただけで難色を示される方もいらっしゃいました。その多くは「よくわからない」「アルバイトも含め、すべてのスタッフに適切な対応を徹底できるかどうか不安」とか、「誤った対応をしてしまった場合、責任がとれない」などの反応です。

その一方で、事前にピーチマークの話をどこからか聞いた人には反応が良く、事務局に「参加したい」と連絡がくることもあります。ネガティブな反応については、制度が定着し、「ピーチマーク取得によって客数が増えた」というようなポジティブなクチコミが増えることによって、徐々に解消していくものと期待しています。

 

ムスリムの訪日旅行者を呼び込む、岡山市の戦略とは

『おかやまムスリムおもてなしハンドブック』

 

―ピーチマーク取得店舗からは、導入効果についてどんな反応が返ってきていますか?

コロナ禍もあって、観光客の来店数はつかめていないのですが、最近では岡山在住のムスリムの方々の来店が増えているようです。実際、お店からは「週に150人ぐらいの来店がある」「定期的に予約が入っている」などの情報が入っています。

そこで私たちも、モスクを訪ねて地元ムスリムにピーチマーク制度についての情報提供を行っています。地元で生活するムスリムたちがピーチマーク認証店を利用し、SNSで母国にいる家族や友人たちに「こんなおいしい店があったよ」「こんなに楽しいスポットがあるよ」「私たちも安心して食べられるよ」などと発信してくれれば、「ぜひ岡山に行ってみたい」という人たちが増えると期待しています。家族や友達のような近しい人からの情報は信頼度が高いですからね。

私たちも、SNSを通じて情報発信を行っていますが、自分たちのマスの情報発信だけでなく、地元ムスリムからの「深い情報」が母国に伝わることで、岡山への誘客につなげたいと思っています。

 

岡山在住ムスリムのネットワークを活用し、「生の声」を届ける

―誘客プロモーションについて、今後はどんな展開を考えておられますか?

今後は「岡山在住ムスリムの方々と連携した情報発信」に力を入れていきたいと思っています。具体的には、インドネシアやマレーシアの留学生たちを中心としたコミュニティと密な関係を築き、イベントなどに参加してもらうことで、彼らからのSNS発信をさらに充実させていきます。

今年の9月に、約3年ぶりにマレーシアを訪れたのですが、現地の旅行会社の方からは「早く日本に行きたい」「11月にプライベートで日本に行くので、岡山を案内してほしい」などの声を数多く聞くことができました。コロナ禍を経ても、日本に行きたいというニーズは弱まるどころかますます強くなっていると感じています。さらにプロモーションに注力して、岡山を訪問するムスリム旅行者を増やしていきたいですね。

―「ムスリムフレンドリーな岡山づくり」をさらに進めるための、今後の取組について教えてください。

コロナの中でもある程度受入体制は整えて準備はできたので、今後はさらに、ムスリムの方々に「ぜひ訪れたい」と思っていただける飲食店やスポットを増やしていきたいと思っています。ピーチマークの立ち上げ当初には、「1店舗でも協力店を増やしたい」「さまざまな業種をバランスよくピックアップしたい」という思いが強かったため、ピーチマーク所得店舗は必ずしもムスリムの方々が好むラインナップになっていない面もありました。今はある程度数が集まってきたので、今後は、「日本に来たからには食べたい」といった訪日観光客目線で、例えばラーメン店など、よりムスリムの方々に人気の店を追加して行くつもりです。

また将来的には、ムスリム圏からの訪日旅行者の誘客をターゲットとする近隣の地域と協力して、広域の「ムスリムフレンドリーツアー」のような商品ができたらいいなと考えています。例えば関西空港を起点として、近畿・中国・四国のような広域エリアでムスリムフレンドリーなスポットを巡るようなツアーができれば、ムスリム観光客にとってさらに魅力が高まり、誘客のチャンスが広がります。私たちと同じ思いを抱いている自治体の情報を、JNTOを通じて共有していただくなどの取組を通じて、できるだけ早期に実現させたいと思っています。

―最後に、ムスリム対応や、ムスリムの訪日旅行者の誘客に興味を抱いている全国の自治体、DMOの担当者に向けて、メッセージをお願いします。

岡山市からアドバイスできるとすれば「できることから始めましょう」ということです。最初から「異文化のお客様をもてなす」と考えるとハードルが高く感じられますが、日本各地には、例えば「地域の伝統的な食文化が、すでにムスリムフレンドリーである」というような例も数多くあるのではないでしょうか。この地域には何があるのか、それを活用して何ができるのかを考える……その第一歩が重要なのだと思います。

日本の各地でムスリムフレンドリーな取組が広まり、「日本はムスリムフレンドリーな国」という認識が広まっていけば、ムスリム観光客は安心して日本を訪れることができます。日本にムスリム観光客を呼び込むために、日本各地で取組が増えていくことを期待しています。ぜひ一緒にがんばりましょう。

 


岡山市 プロモーション・MICE推進課 楢原申士
2001年4月に岡山市役所へ入庁。以後、農林水産、住宅、教育分野などの業務へ携わり、2019年4月より現在の職場へ配属・ムスリムツーリズム担当となる。教育委員会での経験を活かし、東南アジアからの教育旅行誘致を推進している。


 

JNTOでも、東南アジア市場のムスリム旅行者に向けた情報提供プラットホームとして「ムスリム向けウェブサイト」を運営しています。
お勧めプランや観光地の紹介、レストランや礼拝所などのカテゴリ・エリア別検索が可能です。日本全国400箇所以上の施設(レストラン、宿泊施設、礼拝所/モスク、ショッピング施設)が登録されており、今後も更なる情報の拡充を進めてまいります。

・JNTOムスリム向けウェブサイト(英語)(インドネシア語
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