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観光ビジネスと自然保護を両立させる「サステナブル・ツーリズム」の取組(後編)

観光ビジネスと自然保護を両立させる「サステナブル・ツーリズム」の取組(後編)

観光ビジネスと自然保護を両立させる「サステナブル・ツーリズム」の取組(後編)

熊本県の阿蘇地域では、「千年草原」とも呼ばれる広大な草原が、野焼きや牛馬の放牧など、人の手が加わることで長きにわたって維持されてきました。自然観光資源をインバウンド誘客につなげ、その収益を環境保全に役立てる……。この循環はいかにしてつくられたのでしょうか。前編に引き続き、阿蘇市経済部まちづくり課の石松昭信氏、「WakuWaku OFFICEあそBe隊」代表の薄井良文氏、「道の駅阿蘇」駅長・NPO法人ASO田園空間博物館マネージャーの下城卓也氏にお話を伺いました。

対象地域
熊本県・阿蘇市
面積
熊本県・阿蘇市
総人口
24,930人(令和2年時点)
主要観光資源
阿蘇山、仙酔峡、大観峰、草千里ヶ浜、温泉、史跡、社寺等
公式サイト
https://www.city.aso.kumamoto.jp/

前編はこちらから

ターゲットは、ロングステイを好む欧州からのインバウンド客

―現在、「阿蘇カルデラツーリズム」は、欧州をターゲットに定めているそうですが、その理由は?

石松氏:2001年に「スローな阿蘇づくり・阿蘇カルデラツーリズム」という取組からスタートした「阿蘇カルデラツーリズム」ですが、欧州をターゲットにするのは、滞在交流型の観光地域づくりの考え方を踏まえたものです。

これまではインバウンド客の9割をアジア地域の方々が占めてきましたが、一般にアジアの方々は、短時間で数多くの観光スポットを巡るスタイルを好む傾向があるように思います。一方、欧州の方々はロングステイを好む傾向があります。インバウンド再開後は、これまで目を向けていなかった欧州のお客様にも注力しようと考えています。

薄井氏:確かに、アジアの観光客は、草原や滝をバックにSNS向けの写真を撮ることが目的という人たちが多いですね。アドベンチャーサイクリングなどのアクティビティ参加者も、写真が撮れたら「さあ、次行こう!」という方が多いように感じます。一方、特に欧州の方々は「数十分歩くだけでは物足りない。半日ぐらいはじっくり楽しまないと来た意味がない」という方が多いですね。その意味では、料金設定をいくつか設けることも大事だと思います。

石松氏:今後は、上質な宿泊施設やサービスを整備して欧州の方々にも満足していただける受入態勢を整えておくことで、将来的にはアジアの方々にもロングステイしてもらえるのではないかと期待しています。

観光ビジネスと自然保護を両立させる「サステナブル・ツーリズム」の取組

電動アシスト付きマウンテンバイクでめぐる阿蘇山スラロームライド

 

―インバウンド誘客に向けて、現在取り組んでいることがあれば教えてください。

石松氏:今年度の大きなテーマは、昨年からアクティビティ事業者の皆さんとともに練り上げてきた『草原保全・活用ガイドライン』について、牧野組合の管理者の方々にも納得していただけるような形でブラッシュアップし、策定につなげることです。このガイドラインをもとに、薄井さんのようなアクティビティ事業者が、お客さんに上質な時間を提供する機会が増え、さらに地域に好循環が生まれていく環境を整えたいと思っています。

事業者の方々が、さらにアクティビティを実施しやすくするための取組も行います。昨年4月に改正自然公園法が成立しました。この改正により、国立公園や国定公園での自然体験(カヤック、トレッキングなど)を促進するために、地域の協議会が作成した「自然体験活動促進計画」を環境大臣や知事が認定すれば、特例により許認可手続きが簡素化されるという制度が設けられました。認定が得られれば、例えば草原の中にテントを張ってキャンプを楽しむなど、さらに多様なアクティビティを提供できる可能性が広がります。

こうした取組を通じて、「サステナブル・ツーリズムを推進している阿蘇」を世界に向けて発信し、インバウンド誘客にもつなげていきたいと考えています。

 

サステナブル・ツーリズムを成功に導くカギは「ストーリー」

―阿蘇の重要な資源である「草原」を保護しながら観光利用し、再び保護に繋げるという好循環は、どのようにして生まれているのでしょうか?

薄井氏:「WakuWaku OFFICEあそBe隊」は、今年度、環境省の「阿蘇山上ビジターセンター」のインフォメーションデスク業務を受託しているのですが、お客様には「阿蘇の美しい景観は、人が手を加えることで管理・維持されてきた”二次的自然”である」ということを知っていただくことを重視しています。

環境・文化・経済がつながり、国や地域、住民、ガイドなど、多くの人たちが関わることで景観が守られている……こうした背景をていねいに説明したうえで、「観光によって地域が潤うことで保全につながるんです」とお話しすると、お客様も心から納得されて「来てよかった」「また来たい」という反応が返ってきます。

下城氏:アクティビティを体験して、阿蘇の大ファンになったというお客様は多いです。草原保全料についても「自分が阿蘇の環境保全活動に参加できることはうれしい」と肯定的に捉えていただいています。

かつては「草原保全のために、ボランティアとして野焼き・草刈りに参加してください」とお願いしていたのですが、意義には賛同しても実際に参加する人はほとんどいませんでした。でも、アクティビティに参加することで保全活動に協力できることは、阿蘇の草原が大好きな人にとって”プラスα”の喜びになるんです。このように、きちんと説明して理解者を増やせば増やすほど、好循環が回っていくと思います。

現在のガイドの中には、アクティビティに参加したことをきっかけに牧野ガイドの仕組みに共感を持ち、自主的にSNSでPRしてくれる人、さらには自分がガイドになる人も少なくありません。牧野ガイドのアクティビティは、最初はマウンテンバイクとトレッキングだけでしたが、参加者が自分の好きなことで新たなアクティビティを作っていったんです。その結果、今ではトレイルランニング、コスプレ、ドローンなど、多彩なアクティビティが楽しめるようになっています。

このように「自分たちが楽しむことで阿蘇の環境が守られる」という仕組みに賛同してくれる阿蘇のファンを一人でも増やすことが、サステナブル・ツーリズムにつながっていくと考えています。そのためのサポートやプラットフォームづくりは大切ですね。

観光ビジネスと自然保護を両立させる「サステナブル・ツーリズム」の取組

一般客は入れない阿蘇の草原を案内する”牧野ガイド”の方々

 

石松氏:アクティビティ参加者からの草原保全料は、2021年実績では約30万円が集まっています。このように、観光収入によって環境保全活動を支える仕組みは大切ですね。

さらに、「質の高い商品づくり」も大切だと思います。昨年、観光庁の「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」で、内牧温泉エリアの宿泊施設が6軒、採択されました。そのうち1軒では、従来宴会場として使用していた大広間を「1人1泊5万円のラグジュアリールーム2室」に改装しました。すると、宿泊客数は前年より少ないにもかかわらず、年間の売上高は増加したのです。こうした高付加価値化を、宿泊だけでなくガイドツアーや食など、あらゆる面につなげていきたいと考えています。

そのために重要なのが、阿蘇の大地がどうやってできてきたのか、先人たちがどんな思いで過酷な土地を開拓してきたか、そして、人々の営みが現在の景観にどう繋がっているかという「ストーリー」です。

例えば、「阿蘇のあか牛」は、草原の健全育成になくてはならない存在です。牛が放牧されているエリアでは、放牧されていないエリアに比べ、草の色が鮮やかな緑になるのです。そこで、草原の中であか牛のバーベキューを食べるというアクティビティをつくり、参加者に「皆さんがあか牛を食べることで、これくらいの面積の草原が維持できるんですよ」という話をすることで、「自分の行為が、阿蘇の景観保全に役立っている」と感じてほしい。

つまり、「阿蘇を訪れることで、阿蘇の美しい草原や、地域の人たちの営みが永続していく」というストーリーに共感してもらう仕組みづくりが大切なのだと思います。

―阿蘇市は、持続可能な観光地の国際的な認証団体Green Destinationsが発表する『2021年世界の持続可能な観光地100選』に選ばれました。阿蘇市がエントリーされた動機と、選定されたことで期待される効果について教えてください。

石松氏:「阿蘇の環境や、私たちがこれまで行ってきた取組が、世界の中でどの位置にあるのか?」という客観的評価を知りたかった。これがエントリーの動機です。また、グリーンデスティネーションズの評価項目ごとに、ここはできている、ここはもっと改善が必要、という評価が明確に示されることで、今後の課題について地域の人たちと共有しやすくなるという副次的効果も期待していました。

効果については、トップ100に選定されたことで、サステナブルな旅を志向する旅行者の目に、阿蘇の存在がより留まりやすくなるのではないかと期待しています。

―最後に、今後サステナブル・ツーリズムに取り組みたいと考えている全国の地域・自治体・DMOの方々に向けてアドバイスをお願いします。

石松氏:誤解のないように申し上げれば、私たちは「サステナブル・ツーリズム」として取り組んできたわけではなく、これからの阿蘇に必要なことを考え、環境やコンテンツがサステナブルになるような観光を目指し、行政・NPO・民間事業者がそれぞれの立場で時間をかけて積み上げてきたものが、現在の形に結実しています。皆さんも、できるところからひとつずつ進めていくことが大切だと思います。

また、阿蘇の場合、「国立公園満喫プロジェクト」や「観光ルネサンス事業」など、国が進める事業に採択されたことで、全国的なモデルとなるような実績をつくることに成功し、その後の取組の大きな推進力となりました。国や自治体の事業をうまく活用することも、目標実現への近道になると思います。

薄井氏:私は事業者であり、同時に牧野組合の一員でもあるのですが、阿蘇のような広い地域で新しいことを始め、継続していくためには、地域住民を含めた関係者の合意形成が不可欠です。地元の人にとって草原は生活そのものですから、あらためて「草原を守る」という意識は薄いかもしれません。

実際、野焼きなどの作業はとても大変なので、場所や人によっては「もうやめよう」という声もあるのです。そこに「草原を守れ」と言うだけではなかなか物事は動かない。みんなで意識を高めていく必要があるのです。そのためには、行政や道の駅のような公共機関の主導のもと、草の根レベルから地道に信頼関係を築いていくことが、何より大切だと思います。

下城氏:アドバイスというとおこがましいのですが、言葉で説明するよりは、感じていただくことが一番だと思います。まず阿蘇を訪れ、薄井さんの源流トレッキングに参加し、石松さんの話を聞いて、道の駅で買い物をすることで、きっと気づきが得られると思います。ぜひ一度、阿蘇へ足を運んでいただきたいですね。

 

前編はこちらから