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「グリーンツーリズム」がインバウンド客と地域にもたらすものとは

「グリーンツーリズム」がインバウンド客と地域にもたらすものとは

「グリーンツーリズム」がインバウンド客と地域にもたらすものとは

豊かな自然に恵まれた農村を観光資源として活用し、地元住民らと交流しながら農作業などを体験する「グリーンツーリズム」。栃木県大田原市の第3セクター「大田原ツーリズム」では、農家民泊を軸に、農作業や伝統的な暮らしの体験、自然を活用したアクティビティを盛り込んだ多彩な体験プログラムで国内外の旅行者を集めています。大田原ツーリズムは、なぜグリーンツーリズムにおいて成果を得ることができたのか。同社の藤井大介社長にお話を伺いました。

対象地域
栃木県 大田原市
面積
354.12平方キロメートル
総人口
71,268人(令和4年8月時点)
主要観光資源
城址、陣屋跡、雲巌寺、温泉、水族館、スポーツパーク、キャンプ、釣り等
公式サイト
https://www.city.ohtawara.tochigi.jp/
http://www.ohtawaragt.co.jp/

「日本の農村×観光」は、大きなポテンシャルを秘めている

―はじめに、大田原ツーリズムが「グリーンツーリズム」に取り組み始めたきっかけについて教えてください。

根底にあったのは、「農村地域を活性化したい」という思いです。美しい自然と、そこに暮らす人々の豊かな営み……。日本の農村が持つ可能性については、2012年に大田原ツーリズムを設立する以前から想いがありました。国内・海外を問わず、ファミリー層の旅行者にとって、子どもに自然体験、農業体験をさせたいというニーズは間違いなくあるのです。

ただ、そのためにはまず旅行者を受け入れるための体制をつくり、市場を開拓する必要がありました。体制づくりに関しては、農家の方々を1軒1軒訪ねて回り、農家民泊に協力してくれるようお願いしました。地元の人たちにとっては何もない田舎かもしれないが、都会の人にとっては自然の宝庫だということ、農作業を手伝うことも、貴重な経験として喜んでもらえるのだということを説明して回ったのです。最初は「こんな何もないところにお客さんがくるわけがない」「見ず知らずの他人を家に泊めるなんてとんでもない」と言っていた農家の方々を何度も訪ね、地道に説得した結果、賛同してくれる農家の方々が少しずつ増えていきました。

市場の開拓については、農村を観光地として活用している全国の事例を徹底的に調べ、ここはと思ったところには足を運んで視察しました。こうした調査と分析の結果、「農村観光の中で、“教育旅行”は事業ジャンルとして確立している」ことがわかったのです。ただ、当時の農村観光の大半は行政の委託を受けたNPOが実施していて、利益を上げることに重点が置かれていなかった。私たちは、教育旅行にビジネスの視点を取り入れれば必ず収益事業にできると考えたのです。

―設立から10年を経て、大田原ツーリズムは地域にどんな変化をもたらし、ベネフィットを提供できているでしょうか。現時点での評価をお聞かせください。

現在では180軒の農家の方々が農家民宿に協力してくれています。これは農泊がきちんとなんらかの利益や価値につながる仕組みをつくることができた、そして、人間関係ができたからだと自負しています。

ただ、農家の方々にとっては、お金以上に、教育旅行で訪れた子供たちや海外の人たちとの交流が何よりのベネフィットとなって方々も多いです。それまで海外旅行に縁のなかった人たちが、子供たちと再会するためにフィリピンや台湾を訪れたり、SNSで交流するためにスマートフォンに買い替えたりなどの変化も起こっています。今では、農泊を受け入れた家の孫世代が海外留学をする例も増えてきています。幼い頃から自宅に外国人を招き入れて交流した体験が、国際感覚を育んだ結果だと思います。農泊が地域の人たちの“やりがい”や“生きがい”を生み出していると感じられることがうれしいですね。

大田原ツーリズム
大田原ツーリズム

農家の家に泊まり、農家の生活体験をしながら、農業や、環境、ふるさとの大切さを体験

 

価格競争ではなく、企画とサービスで付加価値を高める

―大田原ツーリズムでは、地域の自然や歴史、文化を活かした多彩な体験型プログラムが用意されています。こうしたプログラムがどのようにつくられているか教えてください。

プログラム数は現在120を超えています。最初の3ヶ月は地域でできることをとりまとめ、そこからはずっと地域にどんなシーズ、地域でやりたいと思うことだけでなく地域の課題も、何があるのかを発掘し、どんな内容のプログラムが実施できるか、農家の方々と対話することから始めています。

私たちが「お客様からこんな要望が出ているんだけど、できますか?」と相談を持ちかけると、農家の方々から「ここをこんなふうに工夫すればできるよ」と答えが返ってくる。そんな立ち話のような中から受け入れ方法を決めることが多々あります。あとは現場で実践しながら、課題があれば修正してブラッシュアップしていきます。

今ではみなさんも慣れたもので、お客様のニーズに合わせて臨機応変に対応していただけるようになりました。例えば、いちご狩りは冬場の人気プログラムですが、小学生の教育旅行なら、収穫作業を体験しながら採れたてのいちごを味わうという食育体験プログラムになります。一方、企業の研修旅行で、第一次産業をしっかり学びたいという要望があれば、苗づくりから収穫までのプロセスを理解してもらったうえで本格的な農作業を体験してもらうプログラムにする、といった具合です。

大田原ツーリズム

地域の自然や歴史、文化を活かした多彩な体験型プログラムが用意されている

 

―体験プログラムの価格設定にあたって留意していることを教えてください。

価格設定ですね。安すぎず、高すぎず。ただ、大手旅行業の価値をそのまま当てはめるのは良くないです。地域づくりを行っておりますから、それだけの労力がかかります。大手旅行会社の手配をするだけで10%ならば、営業以外地域の調整に倍以上の時間がかかるので、それなりの利益率を持たせる必要があります。原価率の高い商品もあれば低い商品もありますが、複数の商品をセットにすることで、トータルとして粗利30%をクリアできるようにしています。受け入れをしてくださった方々の費用は絶対に下げずに、いかに相手側に支払っていただくかが重要で、通常、旅行業者の手数料率は5~10%が相場ですから、かなり高いと言えるでしょう。でも、業務量からすれば当然の内容ではあります。

事業計画書を作成する段階で、小規模のDMOの運営を継続していくためには“粗利3,000万円”が必要だということはわかっていました。仮に3億円の売上があれば粗利10%でも事業として成り立ちますが、ハードを持たずにソフトだけで稼ぐDMOが年間3億円の売上を上げるのは至難の業です。1億円の売上で3,000万円を稼げる粗利率が30%というわけです。

DMOの中には、単に「大手旅行会社が10%だからウチも」という理由で粗利を10%に設定しているケースも少なくありません。ただ、旅行会社の仕事が手配だけで完結するのに対し、私たちは協力農家の開拓はもちろん、プログラム一つひとつの企画から運営まですべてを自らの手で行っています。その労力を考えたら、粗利10%で事業が回るはずがありません。プログラムの企画・開発力を高めること、お客様のニーズに徹底的に寄り添うことで、高価格であっても顧客満足度を高めることは可能だと考えています。

―具体的にどのように付加価値を高めてらっしゃるのでしょうか。

付加価値を高める努力は、目に見える点ばかりではありません。例えば私たちの農家民泊に協力してくれている農家は、すべて“簡易宿所”としての営業許可を取得しています。取得にあたっては、保健所による水質検査や消防署による防火安全対策の検査などが必要となるのですが、リスクマネジメントの観点からは不可欠です。

また、私たち自身も宿泊スペースのチェックを行うことでサービスの質を担保しているほか、農家の方々向けに講習会を開催し、運用上の注意点について細かく説明しています。講習会の開催は、農家の方々同士の“ヨコのつながり”をつくることにもつながります。定期的に顔を合わせることで仲よくなって、おしゃべりの中で「こんなことをしてあげたら子供たちが喜んでくれた」などの情報交換も生まれます。こうした交流がモチベーションアップにつながるのです。

さらに、顧客向けの心配りも欠かせません。来ている方々へ、すこしでも良い思い出作りをするための手法を実践するのです。

 

地域のブランド力を高め、海外のFIT客を呼び込む

―コロナ渦を経て、大田原への来訪者数にはどのような変化があったでしょうか。また、その間に、ポストコロナに向けて取り組んでいた事柄があればご紹介ください。

大田原ではこれまで、教育旅行を目的とした農家民泊がメインでした。内訳は、約6割が国内の子供向け個人ツアー、2割が国内の学校・団体ツアー、残り2割が台湾などアジア各地の学校のツアーです。2019年時点で年間の観光交流人口は約9,000人、宿泊数は約6,000泊でしたが、コロナ禍で2020年には1割程度まで落ち込みました。今年は約5割程度まで回復し、海外からの長期滞在の予約も少しずつですが入り始めています。

2021年からは、地域のブランディングを目的として“光のイベント”という催しを始めました。これは、提灯や和傘を活用して500mほどの通りをライトアップし、参加者がスカイランタンを打ち上げるイベントなのですが、一夜に4,000人以上の方が集まりました。さらに、有形文化財の建物をリノベーションしたホテル“飯塚邸”を活用して、ワーケーション利用者を増やす取組も行っています。

大田原ツーリズム
大田原ツーリズム

上:光のイベント 下:飯塚邸

 

―現在、プロモーション活動はどのように行っているのですか?

現在は、FIT(海外個人旅行)をターゲットとしたプロモーションに注力しています。具体的には、海外のインスタグラマーやユーチューバーに向けて情報提供を行い、密な関係性を維持するということですね。先ほどお話しした光のイベントの開催や飯塚邸のオープン時にはファムトリップに招待して、現地向けの情報発信をしてもらっています。先日は、こうしたインフルエンサーたちの交流を通して、英語ライフスタイルマガジンから取材依頼を受け、特集記事で大田原を紹介していただきました。

観光プロモーションというと、お金をかけてポスターやパンフレットを作ってという昔ながらの方法がイメージされますが、密な人間関係を構築して“大田原のファン”を増やすことで、お金をかけなくても効果的なプロモーションはできると考えています。このように、ネットワークや機動力を活かしたプロモーションこそ、DMOの特質と言えるのではないでしょうか。

―今後に向けて、現在検討中の新規プログラムやプロジェクトがありましたら教えてください。

今年度、新たに取り組む事業は2つあります。ひとつは“日本版アグリツーリズムの本格スタート”です。これは、農家自身が投資し、空き家、蔵をリノベーションしてFITが長期滞在できる宿泊施設をつくるもので、現在、数件の農家さんが2023年春のオープンを目指して準備中です。

欧州では農村にある宿泊施設に1週間~1か月間滞在し、そこを拠点に周辺の観光名所を巡る“アグリツーリズム”が浸透しています。大田原も、車で1時間ほど走れば日光があり、那須にも近い。観光資源が豊富なエリアです。主に欧州のFITをターゲットに、“日本版アグリツーリズム”を浸透させていきたいと思っています。

もうひとつは“関係人口の創出”です。地方の課題解決ビジネスを始めたいという人や、アグリツーリズム事業に参加したい人、大田原のファンとして年に何度か訪れながら情報発信してくれる人など、多様なスタイルで大田原に関わってくれる人を増やしていきたいですね。

 

グリーンツーリズム事業における最大の顧客は「地元の農家」

―グリーンツーリズムに取り組みたいと考えている全国の自治体、DMO関係者に向けて、アドバイスをお願いします。

ひとつは“誰が顧客なのか?”を見誤らないことです。残念ながら多くの地方自治体やDMOの方々が、この点を理解していないように感じます。グリーンツーリズム事業にとって最大の顧客は、地元の農家の方々です。受け入れ先となる農家の方々が、いかに高いモチベーションでお客様をお迎えしてくれるか……。このことが、お客様の体験価値を高め、「また来たい」と感じさせてくれるのです。

もうひとつは“農家の方々と現場でいかに親密な関係をつくるか”です。農家向けの講習会や懇親会などを通じた交流はもちろん、日頃から現場を訪ねて、互いに心の通った、顔の見える関係をつくることがとても大切です。

日本のグリーンツーリズムは、大きなポテンシャルを秘めています。豊かな田園地帯を、世界から人を呼べる観光地に変えるべく、ともに頑張っていきたいと思っています。

 


株式会社大田原ツーリズム 代表取締役社長 藤井大介
重点支援DMO。2009年に(株)ファーム・アンド・ファーム・カンパニーを設立し、経営コンサル事業、「下野農園」惣菜事業・飲食事業等を経営。2012年に、大田原市と合弁で設立した大田原ツーリズムの本職にも就任。2年連続重点支援DMOにも選出されている。180軒もの農家民泊を中心とした農村観光を企画・造成する旅行業、有形文化財をリノベーションしホテルにした街一体型の有形文化財ホテル飯塚邸を運営。内閣官房、農水省、観光庁、文化庁等の委員も歴任。