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  • 農業と観光を共存させるための取り組み 美瑛町の畑看板プロジェクト「ブラウマンの空庭。」

コロナ禍前、インバウンド需要に沸き訪日外国人数が激増した時期には、多くの観光地でオーバーツーリズムによる地域住民と観光客との軋轢が顕在化しました。「観光」と「地域住民の生活環境」のどちらかに負荷がかかる形ではなく、両立させていくサステイナブルツーリズム(持続可能な観光)は、多くの観光地が関心をもつ観光のあり方です。そこで、北海道美瑛町の農業と観光を共存させるための取り組み、畑看板プロジェクト「ブラウマンの空庭。」で代表を務める大西智貴氏に、プロジェクトの内容や効果、そして地元住民と観光客の良好な関係作りにどんな工夫が必要なのか、お話を伺いました。

対象地域
北海道 美瑛町
面積
676.78平方キロメートル
総人口
9,629人(令和4年2月末時点)
公式サイト
https://town.biei.hokkaido.jp/

目次

美瑛の観光資源である「農家の営み」を守るための看板

―観光の視点から、美瑛町の特徴・魅力について、あらためて教えてください。

「美瑛町は『丘陵地帯に広がるパッチワークのような農村風景』と『青い池』が特徴的です。どちらも写真映え、SNS映えするところが魅力のひとつになっていると思います。特に、十勝岳の雄大な自然と人の営みが織り成す美しい丘の農業景観は美瑛ならではの観光資源で、北海道でも代表的な観光地となっています。観光客はコロナ前までは増加し続け、2019年には240万人以上の方が美瑛町へ訪れました。」

美瑛町_画像1

―畑看板プロジェクト「ブラウマンの空庭。」が発足する直前の、インバウンド観光の状況について教えてください。

「10年ほど前から外国人観光客が増え始め、コロナの直前には観光客の大部分が訪日外国人客でした。訪日外国人客の増加にともなって、農地の景観をバックに写真を撮影しようと畑に入ってしまう人が後を絶たない状態でした。

農地への立ち入りは、農家としては、単に耕した畑が踏み荒らされるというだけでなく、靴についた病原菌や病害虫が持ち込まれることも大きな脅威です。また、農繁期には農道に違法駐車をする車によってトラクターが通れないこともしばしばでした。町や観光協会は、農地への立ち入りを禁じる看板を設置していましたが、目立った効果は出ていませんでした。」

美瑛町_画像7

畑に侵入する観光客

 

―こうした経緯があって、「ブラウマンの空庭。」の発足につながったのですね?

「そうです。国内外から多くの観光客が訪れてくれて、町がにぎわうことは、町や多くの町民にとってはポジティブなことなのですが、私たち農家にとっては観光公害ともいえる深刻な状況を生んでいました。

また、写真撮影に適した場所は農地全体から見ればごく一部ですから、農家の間でも問題意識に温度差が生まれていました。農家と観光客の関係が良くならなければ、『丘のまち美瑛』の未来はない。こうした現状を変えて、観光客と農家の間で『Win-Winの関係』を築けないか……というのが私たちの問題意識でした。

『ブラウマンの空庭。』※は畑看板プロジェクトのプロジェクトネームで、美瑛の農家の誇りや唯一無二の景観を表したいという想いから、皆でアイデアを出して決めた名称です。」

※「ブラウマン」はご自身たちを指す造語。「ブラウ」はメンバーの親世代がプラウという農耕機械を「ブラウ」や「ブラオ」と呼んでいたことから、また、plow(耕す)を訛るとそう聞こえることから由来。ブラウマンにとっての庭である畑と空を併せた美しい景観を象徴して「空庭」と付けた。

 

「立入禁止」ではなく、「共感」の仕組みをつくる

―プロジェクトのメンバーと、具体的な活動内容について教えてください。

「まず美瑛町役場元職員の方のアイデアがあり、10人の農家が中心となってプロジェクトを立ち上げました。ほかにも写真家の方や、地元の方が協力してくれています。

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プロジェクト発足時のメンバー(写真中央運転席が大西氏)

 

最初に、『立入禁止の看板ではなく、農家の思いを直接伝えられるような看板を立て、美しい美瑛の景観は農家の営みによるものであることを感じてもらおう』というアイデアが提案されたんです。農地に足を踏み入れる観光客は、悪意を持ってそうしているのではなく、その場所がどういう土地なのか『知らない』だけで、美しい景観を生み出している人の営みや農家の視点について知ってくれたら、畑には自然と入らなくなるのではないか。そう考えて新たな看板の設置を企画しました。

2019年には、撮影をして差支えない場所としてベストショットが撮れる撮影ポイント4か所に、プロジェクトの核となる看板を立てました。」

美瑛町_画像4

ベストショットが撮れる「撮影ポイント」に看板を設置

 

―看板のデザインや「仕掛け」にも、さまざまな工夫が盛り込まれていますね。

「デザインは、景観にマッチすることを基本に考えました。この看板を農地と道路との境界に立てることで、『ここから先は入ってはいけない』と気づいてもらうことを期待しています。同時に、看板の上にカメラやスマホを置ける場所を作るなど、撮影を楽しめる工夫もしています。

美瑛の農家としての誇りを伝えるための工夫としては、『ブラウマンの空庭。』のロゴを制作し、看板に表示したリンク先のサイトで農家の思いを発信することにしました。また、その農地を所有する農家個人のSNSや、オンライン販売サイトへもアクセスできるようにして、農地が生活の一部である『人』を感じてほしいと考えています。これらの仕掛けは国内外からの観光客のユーザビリティを考えて、すべてQRコードからアクセスできるようにしました。

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『ブラウマンの空庭。』の看板

 

さらに、風景を美しいと感じた旅行客に、QRコード決済を利用して風景に対して投げ銭をしてもらうような『感動チップ』の仕組みもつくりました。集まったお金は、景観保全や農家へ還元する資金に充てようという計画でした。」

―活動資金を集めるため、クラウドファンディングも活用されたそうですね?

「はい。看板設置など活動費用を集めることと、この取り組みを広く発信することで農地へ侵入することの問題や美瑛の現状を知ってもらうことを目的に、2019年の5月24日に、目標金額100万円でクラウドファンディングを行いました。

まったく初めてのことだったので、正直、成果については半信半疑だったのですが、目標の100万円を3日で達成し、募集締切の6月28日には300万円以上の資金が集まりました。

クラウドファンディングについてプロジェクトのSNSアカウントで宣伝することはもちろん、事前にプレスリリースやニュースリリース配信サイトに告知を出していたため、多くのメディアに取り上げていただきました。また、プロジェクトに賛同くださった中西敏貴さんがプロジェクトについて発信してくださった影響などもあり、多くの方にこのクラウドファンディングの内容を届けられたことが、目標金額を大きく上回る成果につながった一因だと思います。」

―プロジェクトを進めるうえで、苦労した点があれば教えてください。

「個人的には、クラウドファンディングの期間と農繁期(4~6月)が重なったことが大変でした。取材依頼も多かったため、仕事の真っ最中の畑に来ていただいて、休憩時間の5分だけで対応させていただいたこともありました。各メンバーも、同じ農家とはいっても作っている作物が異なるので、農繁期もそれぞれ異なります。看板を設置するにも、雨の日を避けて、各人のスケジュールを合わせなければなりません。本業の合間を縫った、活動の時間捻出においてはかなりシビアでした。」

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看板の設置をするプロジェクトメンバーの皆さん

 

地域の当たり前は、観光客の当たり前ではない

―現在、プロジェクトの成果については、どう評価されていますか?

「看板や柵を設置したことで境界が明確になり、『意図せず農地に入ってしまう』というケースに対しては、一定の効果があったと思います。ただ、サイトの多言語化が間に合わなかったこともあって、想いを伝える、という意味では訪日外国人客への効果は限定的だったと思います。

2020年以降は、コロナ禍の影響で訪日外国人客はほぼゼロになり、国内からの観光客も激減しています。そのため、結果的に農地侵入などの観光客とのトラブルも激減している状況です。

ただ、SNSやクラウドファンディング、報道などを通じて、活動に対する理解は確実に広がったと感じています。過去に美瑛を訪れた方を中心に、観光客の方々からは多くの応援メッセージをいただいていますし、地元農家の方々、町の人たちからも好意的に受け入れていただいています。」

―「観光と地域環境を両立させる」取り組みを行ううえで、大切だと感じたことは何でしょうか。

「美瑛町の場合は特に『観光』と『農業』が大切ですが、どんな地域においても、『地域にとっての当たり前が、観光客にとっても当たり前とは限らない』と認識することは大切だと思いました。ほとんどのトラブルは、このギャップから起こるのではないかと。

このプロジェクトで言うと、『農地に立ち入ると作物が傷つくだけでなく、菌や害虫を持ち込んでしまう』『観光バスが停まる場所は住民の車や農業車両も通る』という自分たちの当たり前は、観光客には思い至らない部分なのです。それを禁止という形ではなく、地域や農業のあり方を丁寧に伝える形で理解を得て、共存できれば理想的です。お互いに『相手の目線で考える』ことができるような仕組みづくりが必要なのだと思います。」

―アフターコロナに向けて、準備しているプランなどありましたら教えてください。

「看板が立っている畑で収穫された農産物を、看板のQRコードにリンクしたネットショップで購入できるような仕組みを実現したいと考えています。観光客にとっては、目の前の畑でとれた農産物を購入できるという体験になりますし、農家は、看板を通して利益を得ることでプロジェクトへのモチベーションにつながります。将来的には、各生産者のショップを集めたポータルサイトもつくりたいと計画しています。インバウンド再興を見据えて多言語化も進められるとよいかもしれません。」

―最後に、インバウンドに携わっている全国の地域の方々へ、メッセージをお願いします。

「このプロジェクトを通じて、言葉や文化が異なる海外の方を相手に、観光と地域環境を両立させることは、とても難しいことだとあらためて感じています。そして、私たちだけでなく全国各地の観光地が、それぞれの悩みを抱え、それぞれの解決策を模索されていることと思います。各地で得られたノウハウや学びを共有できたらいいなと思います。一緒に頑張りましょう。」

 


畑看板プロジェクト 代表 大西智貴

北海道美瑛町生まれ、会社員時代にカナダ、アメリカに留学し、現地の農業を体験。25歳で退職後、実家の農家を継ぎ、農業を営む。農地を踏み荒らすなど、観光客のマナー違反が深刻な問題になった状況を改善する畑看板プロジェクト「ブラウマンの空庭。」では2019年の立ち上げから代表を務める。


 

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