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古民家活用で通過型から滞在型への観光の転換を狙う

古民家活用で通過型から滞在型への観光の転換を狙う

古民家活用で通過型から滞在型への観光の転換を狙う

古民家を歴史的資源として観光活性化に活用する地域が増えています。千葉県香取市の佐原地区もそのひとつ。かつて「江戸優り(まさり)」とたたえられ、今も繁栄の面影を感じられる町に2018年、「佐原商家町ホテル NIPPONIA」が誕生しました。土蔵や木造の町屋を改装し、一棟一室の客室を点在させる分散型が特徴です。同ホテルを手がける「㈱NIPPONIA SAWARA(ニッポニアサワラ)」代表取締役の杉山氏に、海外に向けたプロモーション施策やITを活用した受け入れ整備などについてお話を伺いました。

公式サイト
https://www.nipponia-sawara.com/

7地域の取り組みを調査して見えたインバウンド誘客に取り組む際のポイントやコツを、こちらの記事でご覧いただけます。

ホテル整備で通過型から滞在型へ観光のあり方を転換

「お江戸見たけりゃ佐原へござれ」。江戸時代にこう謳われた、千葉県香取市の佐原地区。江戸期は利根川の水運で商家町として栄え、風情ある佇まいの町屋や土蔵の商店が今も立ち並びます。1996年には関東地方で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に、2009年には「日本遺産」に認定。美しい町並みで日本人旅行者に人気の観光エリアです。

佐原は東京駅からバスで約1時間半、成田国際空港から車で約30分と、どちらからも日帰り圏内。交流人口や観光消費の増大が長年の課題でした。そこで「通過型」から「滞在型」の観光に転換させようと取り組んだのが、宿泊施設不足の問題。「北総の"小江戸"を地域の活性化に活用していこう」と、観光まちづくり会社「㈱NIPPONIA SAWARA(ニッポニアサワラ)」では、使われていない町屋や蔵造りの商店、土蔵などの遊休物件を活用して宿泊施設にできないか検討を重ねました。

江戸の風情が残る佐原の町並み

「物件一つひとつを旅館に改修すると、それぞれにスタッフを配置する必要があるため採算が取れません。そこで検討を重ねてたどり着いたのが、フロントは1ヵ所にし、複数の遊休物件を客室にしていく分散型宿泊施設という業態でした」と同社代表取締役の杉山氏は言います。施設のコンセプトは「町全体をホテルにして、暮らすように観光する」。長い間空き家となっている歴史的価値のある建物を同社が持ち主から借り受け、歴史を受け継いできた佇まいはそのままに、快適な宿泊空間となるようにリノベーションしました。

江戸時代創業の中村屋商店を改装したフロント兼レストラン

SNSでの発信は市の外国人スタッフにも協力を得て効果アップ

「訪日外国人旅行者に向けたプロモーションを展開していくにあたり、住民の皆さんに説明会を開いて理解を求めました。最初は不特定多数の外国人が泊まられるのではと不安に思われる方もいらっしゃいましたが、外国人が着物を着て佐原の町歩きを楽しんでいる様子を目にするようになり、外国人に対しての地元住民の抵抗はなくなってきているように感じています」と杉山氏は言います。

プロモーションについては主にWebサイトやSNSを活用しています。「まだ具体的な数字は把握できていませんが、訪日外国人旅行者のお客様は増加しておりSNSの効果を感じています。特にFacebookでは宿泊客や観光客が『いいね!』やシェアをしてくれています。日本語で投稿しても、自動翻訳されて発信されるので助かっていますね」と杉山氏。ホテルのフロントに英語や中国語が話せるスタッフがいることに加え、市の嘱託職員には海外へのプロモーション要員として、タイ人やアメリカ人も。彼らのSNSのアカウントから佐原の観光情報を紹介してもらうこともあるようです。

かつて料亭だった建物を改装した客室

「プロモーションは地域全体で取り組んだほうが効果はある」と、杉山氏は香取市や地域金融機関とSNS活用セミナーを開催し、ローカルインフルエンサーによる定期的な発信を推進しています。各自のアカウントから共通ハッシュタグを付けて地場産品や加工品の情報を発信するなど、試行錯誤しながらSNSを活用したプロモーションを展開。この他、地域での6次産業化推進の取り組みである香取市の地域ブランド化戦略「ちば香取のすぐれもの」のInstagramアカウントを管理し、ローカルインフルエンサーや観光客に香取の食を体験してもらう機会などを設けて、投稿を促すような取り組みを推進しています。

また、SNS以外では、県の観光プロモーションと提携し、県が海外からのMICEを誘致する際は、MICE後のオプショナルツアーの候補地として佐原も取り上げてもらうよう依頼。成田国際空港とも積極的に連携を図り、訪日外国人旅行者の観光案内に佐原観光を勧めてもらうなどの働きかけも継続して行っています。

言語の壁を越える、宿泊案内や観光情報のIT活用

同社では、「佐原商家町ホテル NIPPONIA」の不動産管理を行う他、ゲストハウス「HOSTEL Co-EDO (ホステル コエド)」の運営も行っています。宿泊者全体における外国人の割合は、ホテルは1割ほどに対し、ゲストハウスは中国、台湾、タイを中心に3割以上に上ります。どちらも多言語サービスが求められるなか、同社の受け入れ体制はどのように整備されているのでしょうか。

「フロントや各客室には、NTT東日本の協力を得て、外国人向けに観光情報などを提供するIoT(Internet of Things:身の周りのあらゆるモノがインターネットにつながる仕組み)サービスを試験的に導入しました。カード型デバイスにご自身のスマートフォンをかざすと、宿泊施設の利用方法や観光情報を英語、中国語、タイ語、韓国語の4ヵ国語でスマートフォンに取り込めます」。ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)ソリューションで言語の壁をカバーするとあって全国的に注目されているこの取り組み。機器の導入により施設側の人的負担を軽減するだけでなく、言語サポートにより、外国人も自ら情報を得ることができるようになりました。

モニターツアーの実施で外国人に好まれる観光コンテンツを発掘

訪日外国人旅行者をターゲットにしたホテルを開発するにあたり、香取市と連携してアメリカ、フランス、タイ、中国などの方々を招請し、モニターツアーを実施しました。有機野菜の収穫を体験し、採れたての野菜を使った料理を堪能。その後、香取神宮や小野川をはじめとする歴史ある風景を見て回りました。ツアーの様子は雑誌「ディスカバージャパン」やYouTube動画で発信した他、地域の方々への啓もう活動にも活用しました。

※アメリカ人ツアーの様子

「地域の方々にモニターツアーの様子を見てもらい、外国人から見ても十分に魅力のある町であること、広域的に見ると農業体験も魅力あるコンテンツである点をお伝えしたかったのです。佐原にポテンシャルがあることはわかったので、これらを今後どういった形で発信していくか、外国人に魅力を感じてもらえるコンテンツを検討していきます」。

今年は、夏と秋の2回にわたり、計24台の山車が繰り出される「佐原の大祭」に参加できる宿泊プランも用意。この祭りは、2016年にユネスコ世界無形文化遺産に登録された日本の山車行事のひとつです。また祭りの他、同社が運営している観光施設「さわら町屋館」では、茶道体験をはじめとしたさまざまなイベントやレンタル着物サービスも行っています。「祭りや伝統に関心のある外国人は多いと思います。プロモーションに力を入れて地域の魅力を世界に広めていきたいです」と杉山氏は意気込みます。

「㈱NIPPONIA SAWARA(ニッポニアサワラ)」代表取締役の杉山氏

日本滞在、最後の一泊として選んでもらえる場所に

全国の古民家の滞在型観光との差別化を考えた時、水郷の文化のある町並み、空港からの距離、周辺の農業環境というキーワードから浮かんだのは、「日本の観光を終えて帰国する前に最後の一泊を楽しむ場所」だったと言う杉山氏。日本観光は観光客であふれる京都や浅草で体験し尽くしているだろうから、佐原ではゆっくりのんびり町歩きをしながら地域の人と触れ合い、地域の食材を楽しんでもらうなど、日常的な日本の暮らしを体験してもらうことが喜ばれるのではないか――。これが、モニターツアーの評価や宿泊者のコメントを参考にたどり着いた、佐原の観光のあり方とのこと。「これからも検証を重ねながら、地域全体で取り組んでいきたいです」。