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外国人旅行者向けの情報発信において、「日本人目線ではなく、外国人旅行者の目線で日本の魅力を分かりやすく伝える」ことが非常に重要です。たとえば、日本政府観光局(JNTO)では平成29年度、英語グローバルウェブサイトの抜本的再構築を行った際、英語を母国語とするネイティブライターによる執筆や画像選定などを徹底して行い、外国人旅行者目線にこだわったコンテンツを公開することによって、訪問者の滞在時間が向上しました。インバウンドに取り組む地域で活躍する外国人スタッフも増えるなか、今回、外国人目線を活用し大きな成果を上げている一般社団法人田辺市熊野ツーリズムビューローの取り組みを調査しましたので紹介します。

対象地域
和歌山県田辺市
面積
1,026.91平方キロメートル(平成27年10月1日現在)
総人口
74,405人(平成30年10月末現在)
主要観光資源
熊野古道ウォーク、熊野本宮大社、熊野本宮温泉郷、龍神温泉
公式サイト
http://www.tb-kumano.jp/
https://www.kumano-travel.com/ja

目次

プロモーションのキーパーソン、ブラッド・トウルさん:外国人目線を活かす

2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産に登録された熊野古道。紀伊半島南部を網の目のように通る熊野古道のうち、田辺市街から熊野本宮大社を目指す「中辺路(なかへち)」ルートを中心にプロモーションしているのが、田辺市熊野ツーリズムビューロー(2006年設立)だ。

設立メンバーのひとりでプロモーション事業部長として活動するのはカナダ出身のブラッド・トウルさん。ブラッドさんは1999年から3年間、熊野本宮大社のある本宮町で外国語指導助手(ALT)として勤務していた。その間に熊野古道をほぼ全域歩き熊野特有の精神文化、地域の人たちの生活・地域性を十分に理解するようになっていた。

「熊野を世界に発信するためには日本人の感性だけでは限界があり、外国人目線が必要です。ブラッドなら熊野の魅力を発信してくれる。熊野を愛してやまないブラッドだからこそ、大切なプロモーションを任せている」と、ビューロー事務局長・小川雅則さんは話す。

 

ポイント①「ブームよりルーツ」「乱開発より保全・保存」「マスより個人」

高齢化・過疎という課題を抱えている熊野。観光産業をみても、古道沿いにポツン、ポツンと点在する宿泊施設は家族経営の民宿や小さな旅館ばかりで、飲食・休憩施設もごくわずか。世界遺産効果で日本人旅行客が週末に熊野を訪れるようになったものの、外国人の姿を見ることはほぼ皆無で、地域の人々も「こんな山奥に外国人なんて来るわけがない」と、廃業を考える民宿さえあったという。

しかしブラッドさんは、「熊野は外国人を惹きつけるポテンシャルがある。何も新しい施設を作る必要もない。今のままの、何もない熊野がいい」と訴えた。そこで、プロモーションにあたりビューローが掲げた基本方針は「ブームよりルーツ」「乱開発より保全・保存」「マスより個人」。つまり世界遺産を一過性のブームにせず持続可能な観光地を目指し、世界遺産に認められたルーツ(背景)を守り、熊野の魅力を理解してくれる上質な個人客に何度も熊野を歩いてもらい、宿泊してもらうことで地域を活性化させたいと考えた。

また、ビューローとして訪日客数の目標値は特に決めなかった。「数字目標を掲げてしまうと、どうしても効率重視となりサービスの質が低下してしまう。上質な旅を求める人に何度も熊野に来てもらうためには、質の高いサービスを提供し満足度を高める必要があるからです」と、小川さんはその理由を話す。

 

ポイント②ターゲットの選定:国ではなくテーマでターゲティング

そもそも熊野古道とは、「再生・癒し・浄土」を求める人々が聖地を目指して歩いた道だ。そこでブラッドさんは、熊野古道を「巡礼」「トレイル」というキーワードで捉えなおし、熊野の旅のテーマとして訴求することにした。そのうえで、国・エリアではなく、「巡礼」「トレイル」のテーマに合う嗜好をもつ外国人をターゲットに考えた。

「熊野の地域に合う、上質な旅を求める人を探したら、結果として欧米豪になりました。年齢層や性別など細かなターゲティングはしていません。実際はいろんな人が来ていますが、ぶれずにプロモーションを続けることが大切です」とブラッドさんは話す。

 

ポイント③熊野ブランドの確立:ネイティブが一から書き下ろし情報発信

「日本人の書く英文は外国人にはわかりづらい」とブラッドさん。実はビューロー発足前から熊野古道に関する英文パンフレットや案内看板はあったものの、英訳が複数パターンあり内容や表現、デザインもバラバラで外国人が困惑しそうだった。「加えて熊野は宗教性の高い世界遺産で、神道という言葉ひとつ取っても、外国人が抱くイメージはさまざま。宗教にデリケートな国・エリアに対する配慮も必要でした」(ブラッドさん)。

そこで伝えるべきことを整理し、用語・表現については海外の研究者の文献などにあたり、ブラッドさんが英文で一から書き直した。また外国人向けの公式ガイドブックも日本語の英訳ではなく、ブラッドさんの書き下ろしで制作した。ウェブサイトに掲載する旅館・民宿の情報も、ブラッドさん自らカメラを持って宿を訪れ、外国人が気にしがちな客室、食事内容、風呂、トイレなどを撮影し、記事も執筆している。

地域の魅力を発信する際は、その地域を深く学び、理解し、さらに地域への強い思いをもつネイティブが一から書き下ろすからこそ、本当の魅力が外国人にしっかり伝わる。熊野の場合は、ブラッドさんの目線で見直し、情報発信もブラッドさんに一元化することで統一したイメージ戦略が可能になり、熊野ブランドを確立していくことができた。

 

ポイント④受け入れのレベルアップ:受け入れ環境があってこそ意味をもつ情報発信

旅行スタイルが団体から個人へと変わるなか、熊野では受け入れ態勢が課題となった。というのも、熊野の小さな民宿・旅館にはインターネット環境さえ整っていないところが多く予約・決済ができず、さらに英語によるコミュニケーションの問題もある。大手エージェントに相談したが、大量送客したいエージェントとは折り合わなかった。

「受け入れできる仕組み・態勢ができていないのに、情報を発信するだけでは不十分ということに気づかされました」と小川さん。ならば自分たちでやるしかないと、ビューローは2010年に旅行業・熊野トラベルを設立。ブラッドさんが中心となり外国人が使いやすいよう独自の予約システムを開発し、予約・決済、旅程・安全管理までできる体制を作った。

地域の受け入れ環境作りでも、ブラッドさんの「外国人目線」を活かしている。外国人と接する人たち、たとえば宿泊・飲食施設、みやげ店、神社、交通事業者などを集めて何度もワークショップを開催。英語が話せなくても意思疎通できるような指差し確認ツールの作成、宿の人にとって複雑なベジタリアン対応の分類分けなど、外国人と受け入れ側の双方がストレスなくコミュニケーションができるようなツール・態勢作りを行った。

プロモーションと受け入れ態勢の両輪が機能したからこそ、熊野の誘客は飛躍的に伸びている。

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ポイント⑤コミュニティーに向けて情報発信:巡礼をフックとした共同プロモーション

外国人が歩ける環境が整った頃、ブラッドさんがしかけていた「ロンリープラネット」への掲載が実現した。「ロンリープラネット」は海外で最大のシェアをもつといわれる旅行ガイドブック。熊野が紹介されたことでウェブサイトへの流入も増え知名度はグンと上がった。続いて「ロンリープラネット ベスト・イン・トラベル 2018」では「世界の訪れるべき地域ベスト5」に紀伊半島がランクインしており誘客の大きな推進力となっている。

また、世界的に有名な巡礼道サンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン・ガリシア州)の市観光局とビューローは、どちらも「道」が主役の世界遺産として2008年から共同プロモーションを行っている。日本語・英語・スペイン語のプロモーションサイトを開設し情報を発信するほか、両方の地でお互いの「道」を紹介するイベントを開催。最近の取り組みとしては、両方の巡礼道を踏破した人に記念品を贈るスタンプラリーが成果を上げている。

「サンティアゴを歩く人は年間30万人といわれます。そのなかの1%でも熊野に来てくれれば、すごい人数になります」(ブラッドさん)。「巡礼」というテーマ・キーワードをフックにしてコミュニティーに向けて発信することで誘客に成功している。

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外国人スタッフの力を発揮させる環境とは

ブラッドさんは海外メディアへの発信、現地プロモーションに関わる渉外やツール作成のほかウェブサイトのリニューアル、ウォーキングマップ作成など実に幅広い業務をこなしている。時間や予算に縛られずクオリティの高い、納得できるものを作りたいというブラッドさんと、予算・工程を管理しなければならない事務局とで、ときどき衝突することもあるという。小川さんは「我々はブラッド・コントロールと言っているのですが(笑)、業務の目的と、目的達成のために期限があることを口酸っぱく説明し、日々手綱をしめながらも、ブラッドが納得のいく仕事ができるよう辛抱強く見守っています」と話す。

一方、ブラッドさんが戸惑いを感じたのが、会議だったそう。「日本の会議は2種類ある。ひとつは報告のためだけの会議、もうひとつはディスカッションの会議。最初はそれがわからなくて、報告会議の場で意見を言ってしまうという失敗もしました。最近は“今日はどっちの会議?”と先に確認して参加しています」(ブラッドさん)と、あくまで日本の文化に理解を示し、日本人スタッフはブラッドさんに配慮しながら協働している。

ビューローは今後、「もっと長く歩きたい」という外国人のニーズに応え、高野山と熊野本宮大社を結ぶ「小辺路(こへち)」ルート、伊勢から熊野を目指す「伊勢路(いせじ)」ルートにまで範囲を拡大し、引き続きブラッドさんの目線を通したブランディングとプロモーションに取り組んでいく。

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メッセージ 一般社団法人田辺市熊野ツーリズムビューロー プロモーション事業部長 ブラッド・トウルさん

プロモーションでは、デザインがバラバラだったり複数の英訳があると、イメージダウンしてしまいます。逆にツール、看板、ウェブサイトも統一したイメージで作れば強いメッセージを伝えることができます。「熊野は田舎、何もない」と言う地域の人もいますが、外国人の僕から見れば何もない今の姿のままの熊野が魅力で、それをきちんと整理・理解して外国人にわかりやすく伝えるのが僕の仕事。熊野の主役は、昔から続いている熊野古道の風景、文化、生活を作り、守ってきた熊野の皆さんです。

 

プロフィール

紀伊半島南部に広がる田辺市は、熊野古道のメインルート「中辺路(なかへち)」の通る町で、昔から「口熊野(くちくまの)」と呼ばれていた場所だ。田辺市熊野ツーリズムビューローは、世界遺産登録された熊野古道をプロモーションする官民共同組織として2006年に設立。2010年には法人格を取得し旅行業「熊野トラベル」をスタート。旅程提案、宿の予約代行、荷物配送サービスなどの着地型商品を販売するほか、滞在中の安全管理、フォローも担い送客・売り上げともに伸ばしている。日本の多くの世界遺産が登録後数年で観光客が減少するといわれるなか、熊野は毎年約40万人泊数(うち外国人は約3万7000人)で、熊野のキャパシティに対し理想的な数値をキープしている。

 

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